体の芯から冷えていくような、底冷えの晩、足は擦り切れ、もはや自分がどこにいるのかわからない。ただ、会いたいと、恋慕う。

 くもる視界のその先に、見える灯りの暖かさ。ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと、遠のく意識のその先に、微笑む人の姿が見える。

 私を見て。
 ここにいるの。

 声にならない、足が動かない。急がないと、あの人が行ってしまう。私を置いていかないで、どこまでも、ついていきたいと、そう、思ったのに、凍えてしまって体が重い。

 いかないで、そばにいて、繰り返し、繰り返し、次第次第と遠のいて、自分がどこにいるのかさえも、わからないというのに、…確かに、この線路の先にあの人はいるのだと、体だけが知っていた。


恋ひしきに


 その日、若は少しおかしかった。正しくは、彼宛に手紙が届いてから、と言うべきか。ひどくそわそわしていて、落ち着きが無い。それどころか、来客の到着時間を間違える、案内の順番を取り違える。普段であればありえないような間違いが連続していた。

「何かあったんですか?」

 という、ハクの問いにも、胡乱な言葉を返すだけ。しまいには、

「いい加減にして下さい。かえって足手まといです」

 …と、部屋に返されてしまった。そこからして、いつもの坊らしくもなく、ろくに返答もせずに、心ここにあらずの態で、その場を離れた。

 一方その頃、年の瀬、新年といえば、神々たちにはかきいれどき、ゆえに、湯屋は若干暇になる。年の瀬の冬篭りに備え、銭婆の元へ入用なモノを届に行った千尋と千里は、海原電鉄から、凍った海に降り積もる雪を見ていた。どうしてか、電車は運休しない。どういう仕組みか、線路に降りかかる雪は積もることもなく、また、凍りつくこともなく、白銀世界をそりのように滑っていく。

 真っ白な世界の只中に、ほんの少し、盛り上がった個所を見つけたのは千里だった。流れていく車窓から振り向き、小山が動くのを見てとった千里が叫んだ。

「あれ!お母さん!人だよ!!人が倒れてる!」

 千里の指差した先で、再び、小さな雪の山が…動いた。

 


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