「お母さん…」

 母の顔を見て、安心したのか、千里は堰を切ったように泣き出した。泣きじゃくる千里を、千尋は綿入れごと抱きしめて、背中をぽんぽん、と優しくたたく。

「私…いやな子なの、あの子、弱ってるのに、大変だったのに、若様のそばにいないで…って思ってしまうの、あの子と若様が一緒にいるのを見たくないの」

 千尋は、じっと千里の話を聞いている。

「私…大人だったら良かったのに、大人だったら、大人だったら」

 そこで、千尋は初めて口をきいた。

「…千里、大人でも、同じよ、辛いし、苦しいの」

 母の言葉に、千里の涙に堰ができる。千尋は続けた。

「千里は、若の事が好きなのね」

 千里はゆっくり考えて、そして、しっかりと頷いた。

「だったら、まず、自分の気持ちときちんと向き合いなさい。若の事が好きな、自分の心と向き合ってみなさい、どうして苦しいのか、もっと素直に、自分を見つめてごらんなさい」

「…そうしたら、苦しくなくなる?」

 千里の答えに、千尋は首を横に振った。

「ううん、…多分、苦しいのは変わらない、でもね、好きな人の事で、心がきっと温かくなるから、そうしたら、きっと、もっとずっと優しくなれるから」

「心が…あたたかく…」

「好きな人への思い出一杯にして、それだけで、幸せ…って、そんな風に思えたら、きっと苦しい気持ちも、軽くなるから…ね」

 母親の微笑みに、千里の涙は完全に止まっていた。そして、若の事を考えてみた。

「…、お母さん、私、若様の事が好き、大好き」

 大好きな人の事を思ったら、何だか元気になれたような気がして、千里の顔に笑顔が戻った。

「ありがとう、お母さん、私、片付けに行ってくるね、水入れを…壊しちゃったから」

 泣きはらしてしまった目は、少し赤いけれど、いつもの笑顔で、千里は立ち上がり、駆けていった。

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