鼓動が次第上がっていくのを、釜爺は感じていた。戻るはずのない時、失った時間。それらがすべてかりそめではあるが姿をとって目の前にいた。

 過去を恥じたことはない、悔いたこともない。ただ、今は眼前の奇跡に翻弄される。姿だけでなく、心さえも、時間を戻すことができるのか、否、そうではない。封印していたはずの想いが、重い掛け金をはじくほどに、高まりゆく。我が身を突き動かそうという衝動に、飲み込まれそうになる。

 苦く笑って踵を返した女を、追いかける。もはや、歯止めはきかなかった。

 二本の腕が、女を捉えて離さない。

「何を…」

 と、女が言いかけた時。

 焼け残っていた柱の一本が、女を抱いている男に降りかかった。轟音が辺りに響き、女は男の腕の中で傷ひとつつくことなく、その身を委ねていた。
 男の胸は、広く、そして熱かった。かすかに香る薬とススの匂い。

「大丈夫か」

 腕の力は緩むことがなく、強く女をかき抱いたまま、男が耳元で囁く。

 腕の中に、閉じ込めて、このまま…。
 迷いが生じる。
 棺桶まで持っていくと硬く誓った。
 言ってしまいそうになる。

「銭婆、ワシは…」

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