いつか不思議の町で(4)

 油屋に戻ると、銭婆、リンが出迎える。再会を喜び合う千尋達を横目に、湯婆々がひっそりと姉の横へ行く。

「若いまま、帰ってくるかと思ったんだけどね。」

 しみじみと、銭婆が言った。

「何言ってんだい、突然私のナリが変わっちまったら、下のモンがびっくりするよ。」

 てれくさそうに湯婆々が答えた。

 姉の体が老いたというのに、自分だけ若いままで涼しい顔ができるほど、ツラの皮ァ厚くはないよ。とでも言ってやろうかと思ったが、やめてしまった。
 今さらどう「仲良く」すればいいのだろうか。

 距離をつかみかねている大人二人を見て、坊が千尋にささやく。

「素直じゃないよね。」

「そうね。」

 と、笑って答えた。ただ、素直じゃないのは千尋も同じだった。

「なあ、セン、いつ帰るんだ?もう少しゆっくりできるんだろ?」

 リンは既に千尋を拉致する準備万端だ。

「あの…。」

 千尋が言いかけたのを湯婆々が遮った。

「センは、明日、帰るよ。」

「えーーーーーー!!」

 リンと坊が声を揃えて抗議した。

「明日までだ。答えは、早い方がいい。」
 湯婆々が冷たく言い放つ。銭婆は、事の次第を察したのか、黙って千尋を見つめていた。


 一足先についたハクはボイラー室にいた。釜爺と向き合って正座している。

「方法は、…ねえ。」
「…そうですか。」

 うつむくと、意を決して、ハクが釜爺を見据えた。

「言わずに後悔するより、言っちまって後悔した方がなんぼかましだぞ。」
 わしのようにならんですむ。という言葉を釜爺が飲み込む。

「…もう、言いました。」
 とたんにハクが目をそらす。
「じゃあ、何の問題もないだろうが。」
 二人に障害があるとは、釜爺には思えなかった。
「…拒絶、されました。」
「そんな…。馬鹿な。」
 驚いて、口にしようとしたやかんを床に置く。
「教えて下さい。自分の記憶を封じる方法を。」
「ハク、お前…。」

 いっそ、知らなければ良かった。このまま、この思いをもてあまし続ければ、いつか、私は、自分を見失う。あの、ヌシのように。そんな気がした。千尋に害を成す。しかも、自分自身の手で。
 それだけは避けたかった。


 会って、あやまらなくちゃ。そう、千尋が探しても、ハクはどこにもいなかった。最後の晩。千尋、リン、坊は最後の名残を惜しむように、従業員部屋のベランダで月を眺めていた。

「また…会えるよな。」
 リンが言う。
「僕、また、会いに行くからね。」
 坊が言う。

「ありがとう。」
 微笑んで、千尋が答える。

 でも、ハクは?ハクは会ってくれるだろうか。傷つけてしまったに違いない。あやまりたいのに。どこにいるんだろう。

 自然と、涙が溢れる。

「お、おい!セン。どこか痛いのか?」
 リンが心配して千尋の顔を覗き込む。

 いやだ。私、ハクと離れたくない。一緒にいたい。でも、ハクは、一緒に行くことはできないのだ。

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