木は森に、鳥は空に、魚は水に(2)

 坊は、カズラギとヒコを並べて寝かせ、側についていた。ヌシの姿が見る間に変わっていくその様にあっけにとられ、しばし呆然としていた。

 カズラギが身じろぎをする。命の炎はまだ消えてはいないようだった。

「カズラギさん!大丈夫?」
「阿呆、大丈夫じゃないわい。」

 痛みに顔を歪めてはいたが、起き上がる気力と、悪態をつける程度には回復しているようだった。

 隣に横たわるヒコに気づき、体をゆする。ぴくり。とヒコの瞼が動いた。ヒコの口に、カズラギが耳を近づける。息はあるようだった。

「やれやれ…、っ、痛…。医者がケガとは、シャレにもならん。」
 
 うろたえた、子供らしい顔をして坊が脅えた。
「どうしよう。あれ、カオナシだ。恐いほうの。」

「坊、カオナシを知っとるのか。」
 カズラギが尋ねる。

「昔、油屋に来た事があるんだ。その時はセンが何とかしてくれて・・・、そのあとは銭婆の家で編物をしたり、花壇を作ったりして、今は僕とも仲良しだけど。でも、あれは、あそこにいるのは、油屋で暴れた時のカオナシそのものだ。カズラギさん、カオナシは何なの?一人じゃないの?」
「わしも、よくはわからん。だが、カオナシは、カオナシという生き物じゃないんだ。陰の気が極まって、カオナシに成る。元は、ヒトだったり、もののけだったり神だったりする。あれは、生き物とはまた違う。核になるモノを軸にした負のエネルギーの集合体。それがカオナシだ。身のウチに抱えた負の感情が、闇を呼んで、あんな姿になっちまうんだ。」
「でも、僕の知っているカオナシはイイヤツだよ。」
「そりゃ、気が安定したからだ。最初、カオナシはエネルギーを吸い寄せる磁石みたいなもんだ。腹一杯吸い尽くすか、飽和量に達してしまえば、害は無い。だが、今の状態はマズい。最初のカオナシは無尽蔵にエネルギーを吸い寄せる。器が決まってしまえば、それ以上は必要とせずに安定するんだが…。」
「どうしたらいいの?」
「わしも、昔聞きかじっただけで、本物を拝むのは初めてだ。こっちが聞きたい…。」

 困惑して、坊とカズラギはより深い闇になっていくヌシの体と、それに対峙する千尋、そしてハクを見守るしかなかった。

 かつてヌシだったモノ〜カオナシ〜は、繰り返すように、言う。

「サミシイ…。サミシイ…。」

 その虚ろな瞳が、千尋とハクに向かう。

「ココへキテ。イッショニイテ…。」

 じりじりと、カオナシが近づいて来る。

「ハク…あれは。」
 ハクの腕の中で千尋が見上げる。
「大丈夫だ。そなたは、…私が守るから。」
 千尋を片手で支え、もう片方の手で気を練る。
「待って!」
 千尋の声に気が散じた。
「カオナシは、『悪いモノ』じゃないの。」
「だが、このままでは、あの闇に飲まれてしまうぞ。」
「でも!」
 ハクの腕をほどこうとした千尋を、再度ハクが抱きしめた。強く、激しく。息のつまりそうな抱擁。

「…ダメだ。千尋、これ以上、無茶はしないでくれ。私の心臓がもたない。あれを止めたいと、千尋が願うなら、傷つけないようにする。だから。私の見ている前で身を投げ出したりするな。…お願いだ。」
 安全なところへ、と、ハクは言う。でも、それでも。
「ハク…。」
 言いかけた瞬間、千尋はハクに抱きかかえられた。両足をすくわれ、足は既に床についていない。
「何を…!」
「千尋が、聞き分けないのがいけない。」
 そのままスタスタと坊とカズラギの元まで連れていく。

 ハクの思い切った行動に、坊もカズラギも、そして千尋も面食らったまま、ハクは千尋を降ろし、カオナシに向き合った。

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