「千里!!」

 ミズキが男の腕を振りほどくと、勢いよく鮮血がほとばしり、ミズキの白い肌を紅く染めた。

「おや、驚いた」

 驚いて、男が目を丸くした。

「千里に、指一本でもさわってごらん、私が許さない!若様が戻るまで、私が千里を守るんだからっ!」

 千里を守るように、背の後ろに隠すと、ミズキは男を睨みつけた。

「へえ、愛されてるねえ、お父さんがいて、お母さんがいて、好きな人がいて、命を投げ出して守ってくれる友達までいるなんてね…、困ったなあ、僕はそういうのを見るとね」

「虫唾が走るんだよ」

 かつてないような、残酷な笑みだった。それまで、薄笑いを浮かべていた表情が、変わる。

「ああ、もう面倒だね。てっとり早く話しを進めたいんだけど、いいかな?」

 そう言うと、男は懐から翡翠の珠を取り出した。

「…これ、なんだかわかる?」

 千里達が答えるのを待たずに男が続ける。

「背の高い、若者がいてね、薬草を探しているって言っていたなあ、知ってる?龍ってね、人の姿をとっていても気配でそれとわかるんだよ、たとえ龍身になれない半竜でもね、その若者はまさしく半竜だったんだけれどね、僕は探していたんだよ、半竜の雄と雌を。ああ、ちょうどいいや、って思ったね、怪我をしている、って言ったら、随分親切にしてもらえたよ、もう、隙だらけでね、自分の価値を知らない、というのは、たいそう無防備だよねえ…」

 クスクス、と笑う姿は、正気には見えない。

「登竜門、というのがあってさ、半竜の雌雄一対を揃えたら、歳降らない鯉でも昇山できるんだよね、僕さ、ならなきゃいけないんだよ、竜に。でね、雄の竜はもう手に入れたんだ、それが…これ」

 そう言って、翡翠の珠を弄ぶ。

「う…嘘ッ…」

 ミズキに寄りかかるようにして、千里がよろけた。

「…千里は、何色の珠になるんだろうね、薄桃色、なんて素敵じゃない?」

「じゃあ、それが…」

 ミズキが、腕をわななかせて男に問うた。

「うん、だからね、正確には死んでないんだ、でも、再び人の姿にはなれないんじゃないかな?」

 言い終わる前に、千里は男に飛び掛っていた。翡翠の珠を、姿を変えられた若自身を取り戻さんとして。

 男がひらりと身をかわす。

「怖い怖い、…ねえ、僕が嫌い?」

 男の問いに答えず、千里はカッと目を見開いて再び男の手の中にある珠を取ろうと切り込む。

「返して下さい!」

 千里の身を、翡翠色の燐光がとりまいていた。

 男のかわす手が、すれ違い様に、結ってある千里の髪を掴むと、白いうなじが露出し、背骨の近く、襟元に、紫の鱗紋が浮かび上がっているのが見えた。

「やあ、見つけた」

 男の腕が、千里を捕らえた。じたばたと腕から逃れようとする千里の、髪を掴んで持ち上げて、うなじの鱗に舌を這わせる。

「イヤぁ…ッ!!」

 おぞましい感触が、千里の背筋を昇っていく。

 叫んでも、若はいない、翡翠の珠に、姦計によって囚われてしまっている。

「これねえ、体が火照ると浮かぶそうだね、君は是非もっと色っぽい方法で、っと思ったんだけど、結局怒らせてしまったみたいだね、…まあ、いいか」

 男が鱗紋に爪を立てた。

 痺れるような痛みに、千里が歯を食いしばる。心の中で、何度も叫んだ。

(若様!若様!若様!!!)

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