ドラゴン×ドラゴン(5)

 ここのところのハクの不機嫌の原因は娘の行動だった。事あるごとに、坊の元に行きたがる。そしてたまに話をすれば、口にするのは…。

「今日、若様がねえ。…。」
だの。
「若様って強いんだよ。」
だの。
「一緒に空を飛んだの!」

 それまでは、お父さん、お父さん、と慕って、来るなと言っても帳場にやってきていたというのに。最近めっきりご無沙汰である。

 ハク達親子は、区画を割り当てられていたが、下働きに出るようになってから、千里は女中部屋で寝起きするようになり、めったに娘には会えない。夫婦水入らずのさなか、ハクがぼやいた。

「まさか、千里は坊のことが…。」

 青い顔をしてハクが言う。

「たぶんね。」

 ころころと笑って千尋が言った。

「そんな!早すぎる!」

 そう言うと、ハクはちゃぶ台をドン!と叩いた。

「ハク…私があなたに出会ったのは何歳だったかしら。」

「…10歳。」

「そう、そして千里は?」

「ダメだ。年が離れすぎている。一回りも違うんだぞ。」

「千里が16になる頃、坊は28くらいかしら?無理のありすぎる歳とも思えないけど?」

「千尋、そなたは、娘が大事じゃないのか?!」

「うろたえるハクを見るのがおもしろいだけ。」

 そう言うと、千尋はクスクスと声を押し殺すようにして笑った。

 夫婦漫才が繰り広げられる頃、千里と坊は並んで月を見ていた。

「ねえ、若様。」

「何だ?」

 油屋の屋根の上、月はもう沈みかけている。

「お父さんは、竜なんだよね。」

「ああ、そうだ。」

「若様のお父さんも竜なんでしょ?」

「よく知っているな。」

「…若様は竜になれるの?」

「いや、なれない。」

「千里も、竜にはなれないの?」

「さあ、わからんが、転変できるのは、純血種の竜だけかもしれない。」

「…そっか。」

 寂しそうに千里が言う。

「千里は竜になりたいのか?」

「うーん。わからないけど、ちょっとなってみたかったから。」

「竜にはなれなくても、竜を産むことならできるかもしれないぞ。」

「どうやって!?」

 顔を輝かせて坊に尋ねる。

「俺の子を産めばいい。半竜同士、もしかしたら竜の子が生まれるかもしれない。」

 我ながらちょっとタチの悪い冗談だったかな。と坊は苦笑したが、

「産む!!」

 と、意味がわかっているのかいないのか。千里が坊の腕を掴んだ。

 無邪気な笑顔。面差しはよく似ているが、やはりセンとは違う。だが、坊は千里に惹かれはじめていた。ただ、千里はあまりにも幼い。

 千里の頭にぽんと手を置き、坊が千里の耳元で囁いた。

「じゃあ、あとは千里が大人になったら教えてやろう。」

 どちらにしろ、一度はハクと対決しなくてはならないな。まあ、望むところだけど。坊に寄りかかって、いつの間にか千里は寝息をたてている。守りたいものを得て、坊は、くすぐったいような、うれしいような、あたたかい気持ちに満たされていた。

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