「ヒコ様ぁ…若様は…行ってしまわれたんですね…」
空になったホームで、少女は脱力して座りこんでしまった。
「ミズキ…そなた…本当にあれを好いておるのじゃな」
隻腕のヒコは唯一の右手を腰にあて、関心するとも、あきれるともつかない表情で少女を見、溜息をついた。
「…参考までに聞きたいのじゃが、どこがいいのだ?あやつの」
白い肌に黒く長い髪、薄い藤色の着物のよく似合う少女…ミズキが、瞳に涙を溜めながら、キッとヒコを見つめ、すっきりきっぱり言い放つ。
「すべて…です」
頬を赤らめると、うっとりと、夢見るように、自分の妄想の世界へ少女は思いをはせる。
「…どうやら聞くだけ野暮だったようだな」
あきれてあさっての方を見ながら、ヒコは戻ろうと踵を返した。すがりつくように、少女…ミズキがしがみついた。
「ヒコ様、教えて下さい…、油屋への行き方を」
「…何?!」
「は…っクション!!!」
海原電鉄、油屋へ戻る列車の中で、若は大きなくしゃみをした。
(…嫌な予感がする)
備前屋での日々は坊…若に自信をつけさせた。今度こそ、剣に手をかけ、若はしばし、当面の問題、ハクへ挑む事のみ考えることにした。既に祝言を上げているハクとセン。横恋慕とか、そういった事でなく、自分の中のけじめとして…。
まったく、思う相手には思われず、とかく、恋心というのはままならないものだとか…、あとは次回の物語、舞台は油屋、乙女が二人に若者一人。はてさて、どうなりますことやら…。
壁紙提供:幻影素材工房様