年の暮れから新年にかけて、油屋は来るべきピークに備えて(何しろ新年早々の疲れを癒す神々の来訪に備えねばならないので)休養をとる。大晦日、薬湯は従業員に開放され、1年の疲れを癒し、来年へ英気を養う。普段はしまり屋の湯婆々もこの日ばかりは景気よく酒、食べ物を振舞うのだ。近頃は、疎遠であった姉も呼ばれ、賑々しく年の暮れの宴が開催される。
休養…とはいえ、厨房とボイラー室は相変らず忙しい。結局、ヒコとミズキもこの宴に加わってから…という湯婆々の申し出により、残ることとなった。備前屋においても厨房で働いているミズキは自発的に厨房の手伝いを買ってでた。ミズキとの距離を測りかねていた若はこの申し出に安堵し、ミズキは何事もなかったかのように揚々と厨房へ入った。
そして、仕込みの終わった厨房で、一人蒸留器を操るミズキがいた。夜明け、人気のない、光差す厨房で、ミズキが微笑む。
赤い実と、青い実と、どちらがいいだろうか…と、たとえば、あの娘が醜い老婆になってしまったら。いとけない赤子になってしまったら。若様は、どうするだろうか、それでも、あの少女を愛していると言えるだろうか。
小さなバーナーが、ガラスの瓶をあぶる。あるだけの実で抽出した、夢の実のエキス。どれだけの歳を、さかのぼることができるのか、既にミズキ本人にもわからなくなっていた。瞳に浮かぶのは狂気、微笑みながら、涙がとめどなくあふれ出る。あの少女が変貌した時、若様はどうするのだろうか。
「うふふふ」
ガラス瓶を攪拌する。その抽出された液体は実と同様の色をもって、鮮やかだった。
赤い液体と、青い液体。料理の腕を買われたミズキは一品提供する事になっていた。一番最初に、あの少女の元へ行こう。微笑んで…。私には、それができるはずだから。
だって、仕方ないのだもの。そうして、ミズキは戦慄を覚えるほどに美しい顔で、笑った。そこに潜むのは狂気。唇に昇るのは呪詛の言葉。
もう、どうなってもいいのだと、泣きながら笑い、声を殺すようにして、うずくまった。たった、一人で。
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