釜爺の言葉に、気勢を削がれた若はひとまず部屋へ戻る事にした。とにかく、ミズキを備前屋へ返し、ケリをつけなくてはならない。そう、思いながら。
釜爺と言えば、若を送り返し、薬草の手入れが一段落すると、すっかり明けてきた空を見つめて、若への言葉を振り返っていた。
言葉は、伝えず封印する事もできる。一度言ってしまえば、解き放たれた言葉は相手にぶつかり、かえってくる。それは、痛みをともなう事もあれば、喜びをともなうこともある。ただ、言葉にせずに、秘める事で保たれるモノもある、ということを、釜爺はよく知っていた。
言えなかった言葉、伝えられなかった思い、それは今でも胸にあり、時々重くのしかかりはするが、時と共に、澱となって、心の奥へと沈んでいく。良くなることはないが、悪くなることも無い。それは甘えかもしれないが、少なくとも、誰一人傷つかずにすむのだ。
それでも、あの備前屋から来た娘のように行動を起こしていたら、あるいは何か変わっていたのだろうか。
見上げると、空には白い月。
もう、遅い、自分の気持ちは棺桶まで持っていこうと、そう誓ったのもやはりこんな空だった。
君恋ふる心はちぢにくだくれど
ひとつも失せぬ物にぞありける
幾年の歳を経たところで、何も成さない片恋をいつまでも…と、釜爺は自嘲気味に微笑った。夢の実…歳を操る果実、とはいえ戻れるのはほんのひととき。ああ、本当に、バカな事だ。片隅の一角をちらりと見つめて、釜爺は薬草園をあとにした。