恋ひしきに(4)

 あたたかい…、もしかしたら、自分は昇天してしまったのではなかろうか、…と、黒髪の少女、ミズキは思った。寒さに意識を失って、灯火を見ていたのが嘘のようで、逢いたい人には逢えなかったが、あまりの安らかさにいっそこのまま天に召されてもいいかもしれない。と、そう思ったとたん。目が覚めて驚いた。

「若…様?」

 触れ合う素肌の心地良さを、再び堪能しようと、腕をかけようと…したとたんに身をかわされた。

「気が付いたな」

 すさまじい身のこなしで布団からすり抜けた。もはや着衣をただしており、わずかに肌を垣間見る隙さえも与えない。ミズキに背を向けたまま、坊が言った。

「枕元に夜着がある、それを着て、湯たんぽでもかかえて寝ていろ」

「若様…冷たい」

「己の命もよう顧みないような愚か者に優しくするいわれは無い」

「そんなあ!」

 不服そうにぼやくミズキの方を振り返り、しどけなく肌をさらす少女に大いに赤面して、再び坊は背を向けた。

「まともに話がしたかったらとにかく何か着るか、布団に潜るかしろ!…目の、やり場が、無い」

 おとなしく、ミズキはそのまま布団にもぐり込んだ。顔だけ出して、若を見る。

「そんな…一緒に床を共にした仲なのに…」

「人命救助だ!馬鹿!」

 いらだたしげに、坊が立ち上がろうとする。

「お前は…っ、本当に周りを考えない、お前の無責任な行動のせいで、ヒコも、油屋の者も大変な迷惑をこうむったんだ、わかっているのか?」

 はき捨てるように言うと、背後から、すすり泣く声が聞こえてきた。

「そんなっ、私は…私わっっ…若様に…お会いしたくて」

 しゃくりあげる声がいっそう若を苛立たせる。

「泣くな!」

 ミズキの方に向き直り、坊が再び膝をついた。

「ヒコも来ている、共に備前屋へ戻れ」

 懇願するように言う。

「嫌です。戻るなら、若様も一緒です」

「何故俺が!?」

 言いかけて、若よりも先に、ミズキが人の気配を察知した。

「若様ぁ♪」

 何の脈絡もなく、裸体のミズキが坊にからみつく。あわてて跳ね除けようとした時は既に遅く、襖を開いて固まっているのは千里。

 …一瞬、嫌な沈黙が流れると、千里は持っていた盆を水入れごと取り落とし、逃げるようにして去っていった。

 何が起こったのか、把握したくも無かったが、若はあわててミズキを引き剥がし、

「待て!千里!これは!!」

 と、若が千里を追って行く。

 ミズキは、一人布団の中でじっと考えていた。…どうしたら、湯屋に残れるのかと、したたかではあるが、そこはやはり恋をする娘である。…若干、手段を選ばないのが珠に傷…というだけで。

 

恋ひしきに命をかふるものならば
死にはやすくぞあるべかりける


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