黒髪の、美しい少女だった。見目麗しく、才気ある顔立ち。すべらかな白い肌。やわらかな、女性の体。

 胸が、重くて、おなかに熱い石を押し付けられたような痛み。じわじわと締め付けられて、息もつまりそうな、圧迫感。どうして涙が出るんだろう、何が…哀しいんだろう。

「ドイテ…ソコハワタシノバショダカラ…」

 あやうく口にしかけた言葉に気づいてはっとした。衰弱して、弱った相手に、何てことを。

 自分が、ひどくわがままで嫌な子になってしまったようで、もう千里はどうしていいかわからなかった。


恋すてふ


 急いで、仕事に戻らなくちゃいけない。落としてしまった水入れの始末もしなくてはいけない。

 千尋とハクの娘を、いとおしく、大切にしている油屋の一同ではあったが、それは「甘やかす」と同義ではない。失敗すれば当然しかられるし、相応の責任は持たされていた。
 それでも、体が重くて、腰から下が根付いてしまったように、千里はそこから動けなかった。失敗して怒られた時、父母に泣きつくのは簡単だ。だが、そうするわけにはいかなかった千里の秘密の場所。ボイラー室の片隅で、ひっそりと、声を殺して泣くのを、釜爺は見てみぬふりをするのが常だった。

「うーーーーっ」

 両膝を抱え込んで、うなるように声を殺す。

 頭の中で、少女を助けた若の姿と、抱き逢っていた二人の姿がぐるぐる回る。

「ふぇ…」

 と、涙が溢れそうになった時、「ふわり」と何かが降ってきた。見上げると、それは綿入れで、涙目でかすんだむこうに母親、千尋の姿が見えた。


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