ちょっと待ってくれ、どうしてそうなるんだろう。若はとまどい、即答できなかった。思った通りを口にするのは、…非常にはばかられる。

「だって、…だって…」

 しゃくりあげる声が、言葉にならない。涙で潤んだ瞳で見上げられる。

 どっきーーーーーーん。

 気がつい時、若は千里を抱きしめていた。

「どうして、俺がお前を嫌うんだ?」

 抱きしめた腕に力がこもる。

「だって…」

「だってじゃない!」

 千里の唇が、若の唇によって塞がれた。一瞬、軽く触れたかと思うと、熱いものが入り込んでくる。

「…んっ、んんっ!」

 一瞬、千里は呼吸を奪われた、息苦しくうめくと、若の唇がわずかにずれて、隙間から息を吸い込む。…が、わずかに離れただけで、再びむさぼるようにからみつく。いつの間にか、千里は若の首にしがみついていた。

 長く、激しく、くちづけが続く。

 名残惜しく、離された唇が、千里の涙をぬぐった。

 抱き合ったまま、若が千里の耳元で囁く。

「…だから、帰れといっただろう」

 千里は、しばらくぼーーーっと、若の肩越しに見える夜明けの空を眺めていた…が、膝あたりにあたる異物に一瞬目を細めた。

「若…様、その、あの、何か、カタいのが、…アタって…」

「…大人の男とはそういうものだ」

 真っ赤になって、若が体を離した。

「…だから、もう帰れ」

「でも!」

 膝をつき、千里の肩に手を置いて、せつなそうに若が言う。

「千里、俺は、お前が好きだ。愛してる。だが、お前はまだ幼い。…その、俺が、俺のしたいようにお前を愛するには、…体の準備ができてないんだ」

「私も好き!若様のことが…大好き!」

 だから…と、続けようとした千里を若がさえぎった。

「俺はお前を大切にしたいと思う。だから、もう一人で俺の部屋には来るな。…その、自制する、自信はあったんだが、どうやらダメらしい」

「…私、大人だったら良かったのに」

 ぼそっと千里が呟く。

 あ…おさまってきた。と、若が立ち上がる。

「だから、待つから。千里が大人になるまで」

 若は千里を抱かかえ、肩にのせた。

「あとどれくらい?どうしたら大人になれる?」

 さっき泣いたカラスはどこへやら、機嫌を直して千里が聞く。

「そうだな、2〜3年、いや、5〜6年か?」

 それまで、…まあ、何とかしよう。

 千里を肩に乗せたまま、若は扉まで歩いて行き、千里を降ろした。

「さあ、今日はもうお帰り」

 千里はノブに手を掛けて、もじもじと上目遣いで若を見た。

「…あの、若様があんな風になるのは、私だけ?」

 絶句して、顔を赤くしたまま若がうつむいた。

「…怒るぞ」

 ぱっと顔を明るくして、千里は出て行った。

 女というのは幼くてもちゃあんと女なのか。なかばあきれるように見送った若だったが、思いがけない千里の積極的なところは実は父親に似たのかと思うと、少々複雑だった。

 …とにかく、自分自身を静める必要があるかな、と、若は本棚へ行き、一番難しい魔法書をひもとくことにした。

 あと5〜6年。もっと難しい本を沢山買って来ないといけないな、と、若は苦笑しながらページをめくることにした。


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