しんしんしんと、雪が降り積もっていく。油屋の門前には「本日臨時休業」の衝立。普段であれば、にぎやかな門前は静まり返り、湯屋内の賑やかさも、降り積もる雪に遮られる、静かな、静かな年の暮れ。
いつもであれば、世話しなく石炭を運ぶススワタリ達も、今夜ばかりはのんびりと、釜爺も降ってくる札に慌てる事なく釜を操る。
ふいに、木戸が開いて、リンが姿を表した。
「メシだよーーーー」
宴の晩、いつもより豪勢な膳に、酒と、小さな鍋もついている。
「よーーーっし、きゅうけーーーい」
釜爺の号令で、ススワタリ達は跳ねながら金平糖に群がっていく。
「なあ、釜爺、今晩くらいはいいんじゃねえの?皆、上で賑やかにやってるぜ」
杯に酒を注ぎながらリンが言う。
「なあに、ワシはここのが落ち着くからな」
からからと笑って杯を干そうとした時、ふいにリンが言った。
「銭婆も来てるぜ」
ぶはっ、と、釜爺が口に含んだ酒を噴出した。
「うわっっ!何だよ!きったねえなあ」
ごほんごほんと咳きこむ釜爺の背中をさすりながらリンはふと思った。ああ、やっぱりそうなのかな。と。
「釜爺さあ、銭婆に惚れてんの?」
ごほっ!!ごほごほっ!…、と、更に釜爺がむせた。
「何言ってんだ、そんな馬鹿な事が…」
真っ赤になってムキになる釜爺を見て、リンは、決まりだな…と、ひそかに確信した。
「なあなあ、これさあ、あのミズキって娘が作ったんだってさ」
話題を変えるかのように、リンが指差したのはぐつぐつと煮立っている小鍋であった。それは魚のすり身を団子にしたつみれ鍋で、野菜もたっぷり入っている。たちのぼる湯気がいかにも美味そうだった。
椀によそい、釜爺に手渡す。
「ほお、こいつぁうまそうだ」
釜爺は、受け取ると、つみれをひとつ口に含み、はふはふと湯気をたてながら飲み下し、椀に口をつけて汁をすすった。
…その時だった。
音をたてて、釜爺が椀をとり落としたのだった。
「おい!どうしたんだよ!」
胸元をかきむしりながらうずくまり、苦しそうにしている釜爺の背中をさすろうと背後にまわったリンが見たのもは。
みるみるうちに、禿げ上がった頭にふさふさとした髪が生え、曲がっていた腰はがっしりとした筋肉に変質する。
苦しみから開放され、顔をあげたのは、隆々とした体躯の六本の腕をもった荒々しい若者に戻った釜爺の姿だった。
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