「…釜爺、アンタ」
女は、若く美しいままに、目の前で元の姿に老いていく男を見守っていた。
抽出された夢の実の、効用はおそらく人によって異なるのであろう。薬師として、あらゆる薬に精通している釜爺は、皮肉にもこうしたものに耐性がついていた。
夢よ夢、それはしょせん幻の。
そこには、元通りの姿に戻った釜爺の姿があった。
我が身の変化に気がつくと、あわてて振り向く。六本の腕が所在なさげに絡んでしまう。
唐突に、夢は覚めて、目の前の現実が糸のような雨となって降り注ぎ、体を冷やしていった。
何か言わないと、そう思って口をもごもごと動かしたが、喉の奥に焼けた石がつまっているようで、言葉にならない。もし、釜爺の背に目がついていたならば、釜爺の言葉を待っている女の姿を見ることができたかもしれない。
だが。
意を決して振り向いたその先にいたのは、いつもの、元通りの銭婆の姿だった。
「あ…」
呆然として、釜爺がうめくと、苦く笑って銭婆が言った。
「…すっかり、冷めちまったねえ」
天を仰ぐと、遠くで千尋の声がしている、冷えきった皆の体を温めようと、ススワタリと共にボイラーを操作したのであろう、火事場にいた者達同様にススまみれの汗まみれで、お風呂の用意ができましたよと呼んでいる。
「あんたもたまにゃあ、湯につかるのも悪くないだろう?」
軽く背をたたくと、かすかに、微笑んだ。
先を行く銭婆の背を見つめながら、釜爺は赤面して頭をかいていた。
「…あぶなかった」
ほっとしているのか、残念がっているのか、釜爺自身にもわかりはしなかった。
再び、戻った時が音をたてて…廻りはじめた。
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