油屋同様下働きの者たちは大部屋と決まっている。二十畳ほどの間に二十人以上の男が雑魚寝をするむさ苦しい部屋に、若は戻って隙間に潜り込んだ。油屋にいた頃から、こうして寝るのは嫌いではなかったので、別段苦ではなかったが、こう背が伸びてしまうと、後から入るときは難儀する。結局手足は伸ばせぬまま、丸まって布団をかぶる。
うとうとと、眠りにつこうとした時、肌をすべる感触に驚いて布団をはいだ。若は一気に眠気が覚めた。襦袢一枚の先ほどの少女。
「なっ…」
声をあげようとしたところを少女の手で塞がれた。
「静かになさってください」
耳元で甘い女の声がした。
やわらかな指先が、次第に肌を滑っていく。巧みに動き、器用に劣情を喚起させるように、ゆっくり、ゆっくりと。
「やめろ!」
ためらわず若が叫んだ。
周囲で眠った男達も、その声で起こされたようだった。
―――暗転。
若は言い訳をしなかった。遊女自身が男の元へ忍んで行く、という事が、ミズキにとっては懲罰対象となる。
ミズキは、若によって部屋に「連れ込まれた」のだ。という体裁が必要だった。
「違います!私が…っ!」
ミズキは言い張ったが、聞き届けられる事はなく、若は処罰を受けた。
閉じ込められた地下牢で、上半身に鞭打たれた痕が痛々しい。両手両足は鎖に繋がれ、じゃらじゃらと音がする。
「…どうして、私を庇ったんですが?」
「…」
若は答えない。
「別に処罰だって覚悟の上だったんです!私は!」
ミズキの黒曜石の瞳から涙が溢れる。若はもう、面倒になり、ミズキを睨みつけて答えた。
「『お前だから』庇ったんじゃない、女に責め苦を追わせるのが趣味じゃなかっただけだ。もう、帰れ。俺とて聖人君子じゃないんだ、こんな目に合って、原因になったお前を見ていて気分がいいモンじゃない」
力強い、瞳。
この時、ミズキは本当に若に恋してしまった。既にプライドなどは空の彼方へ放り投げられ、ただ、この男の視界に入ること、思いを返してもらう事に奔走するようになる。…効果があったどうかは別にして。
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