ドラゴン×ドラゴン(1)

 千尋が不思議な町に残って、数年が過ぎていた。

「何だってぇぇぇ!!」

 油屋の最上階。湯婆々の部屋から、湯屋中に響きそうな程に、驚嘆の声が轟いた。

 巨大で豪奢な机には、山積の書類。湯婆々のアクセサリーが散乱し、ひらひらと舞い上がった紙があたりに飛び交っている。

 机の前には、帳場を預かるハクと、仲居の一人、千尋が並んで立っていた。真っ直ぐに湯婆々を見つめるハクと、俯いて真っ赤になっている千尋がなんとも対照的だ。

「セン!」

 ほつれ毛をかきあげて湯婆々が問い掛ける。そして、千尋の返事も待たずに続けた。

「お前がこちら側に残るのを決めた時に言った筈だよ。ハクと所帯をもちたいのならそれでかまわない。ただし、二人が一人前になったら…。とね。」

 目を細め、

「そして、こうも言った筈だ。油屋の、風紀を乱すようなことはつつしむように。ともね。」
 こほん。とひとつ咳払いをした。

 びくっと体を震わせて、いっそう千尋が赤くなった。
 ハクは、涼しそうな表情で、居直っているようにも見えた。

「まったく。いつのまに、…仕込んだんだい。」
 あきれて湯婆々が溜息をついた。

 千尋が真っ赤になった顔を両手で覆う。

「…湯婆々様、言い方が露骨すぎます。」
 少しも表情を崩さず、しれっとハクが言った。



 千尋の妊娠は、すでに油屋中の知るところとなっていた。その第一報を坊はボイラー室で聞いた。

 バタバタと足音が聞こえたかと思うと、引き戸が開き、息もつかずにリンが叫ぶ。

「釜爺!センのやつ、おめでただってさ!」

 坊の持っていた薬壷が落ち、薬草が散った。

「あれ…。坊様、こちらにいたんですか。」
 坊の姿に気づいて、リンが今更ながらに口を両手で覆う。

「坊ってゆーな!若だっ!」

「…スイマセン。若。様。」

 リンは、まずった…という視線を釜爺に投げる。

 リンにむけられた背中がわなわなと震えている。釜爺が覗き込むと、どうやら坊は目に涙を溜めているようだ。

「おい、大丈夫か。若。」

 釜爺が尋ねると、坊は両の拳を握り締め、俯き、声を絞り出すように、

「…大人なんて。…大人なんて、嫌いだっっっ!!!」

 悲痛な声が、今度は地下でまきおこった。

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