結局、湯婆々が折れ、順序が逆になってしまったが、ハクと千尋の祝言が執り行われる事となった。…とどのつまり、ハクの作戦勝ち(?)と相成ったわけだ。
油屋の玄関に、「本日臨時休業」の衝立がたてられ、その日はあわただしくやってきた。
大広間には金屏風が立てられ、花嫁と花婿の入場を、今や遅しと待っている。降ってわいた休日と、宴の豪華さに従業員達はおおいに喜んでいるようだ。上座には湯婆々に銭婆、カオナシまで揃っていた。
にもかかわらず、ひとつだけ、席が空いている。
油屋の二代目、坊(本人は、若と呼べ、と言うが)の席だった。
控えの間で、白無垢に身を包んだ千尋が、リンに紅をひかれている。どすどすと、足音が聞こえてくる。現れたのは、花婿ではなかった。
「…坊。」
振り向いた千尋は、多分今まで見た中で一番美しかった。一瞬言葉を失った坊だったが、すぐにまた、一歩一歩を踏みしめるように近づいて来る。すぐ横までくると、もう、千尋と肩を並べるほどに背がのびている。二人の視線がぶつかった。
「僕は…、おめでとうなんて言わないからっ!」
踵を返すと、花嫁を迎えにきた花婿が戸口に立っていた。きつく睨み、叫ぶ。
「ハク!」
今度は花婿に近づいて行く。横にならぶと、まだ頭二つ分ほど身長が足りないのが悔しい。
「絶対!ぜーーーーーったい、ハクより強くなって戻って来る!その時まで、センは預けるけど、不幸にしたりしたら許さないからなっ!!」
吐き捨てるように言い、そのまま走り去っていった。取り残された三人は、苦笑するより他無かった。
面食らってしばし無言だったハクが、髪をかきあげながら微笑んだ。
「やれやれ。」
「ハク…。」
千尋は心配そうだ。
「坊は、どこへ行くつもりなのかしら。」
「大丈夫。もう手は打ってあるから。…さあ、行こうか。千尋。」
ハクが手を差し伸べる。千尋がハクの手をとった。
復旧した備前屋。カズラギの部屋でヒコが手紙を広げている。
「ハクと千尋が祝言をあげるそうだ。」
楽しそうにヒコが言った。
「ほう、そいつはめでたい。うちからもなにか祝いを送らにゃならんな。」
薬を調合していた手を止めてカズラギが答えた。
「いや、祝いはいらない。と手紙に書いてある。」
「なんだ、またみずくさいことを。」
「その代わり、やって欲しい事があると。」
「まったく喰えない男だな、ハクって奴は。…何と言ってきたんだ?」
「従業員を一人紹介してくれるそうだ。」
「ほほう?」
「あの子が来る。こっちに。面倒みて欲しいそうだ。」
「また、手回しのいいこった。」
「そんなソツの無さがかえってカンにさわるのであろうな。あの子には。」
カズラギとヒコは笑いあった。
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