「アイシテル」
「アイシテル」
「アイシテル」
…と、一万回、言えば、愛してくれるのでしょうか?
中央にしつらえられた円形の舞台は、普段であればとりどりの衣装の舞姫がその美しさで観客を魅了する場であったはず。だが、今回の主役はむしろ無粋と言ってもよい、武闘の二人。
一人は、隻腕の女丈夫。手に持つは三叉の戟。器用にあつかうその様は、片腕のハンデを感じさせない。
もう一人は、長身の若者。顔にはいまだあどけなさが残るが、がっしりとした体つきで、長尺の剣をかまえる。抜き身の剣の刃が光った。
共に唐風の甲冑を身にまとい、秀麗な顔は京劇の開幕を思わせた。
客席からはやんやの声、湯でもって体を癒すだけでは物足りない血の気の多い神々たちが、思いがけない決闘に喝采をあげる。
「随分とみくびられたものだ、のう、カズラギ」
舞台のすぐ下で見守る禿頭の老人に向かって女丈夫――――ヒコが言う。
「どうかな?いかなお前さんでも、わからんぞ」
「窮鼠猫を噛む…といったところか?まあ、いい、百年早いと引導を渡してくれようか」
戟を構えてヒコが対峙する若者を睨む。
「窮鼠…ネズミ…ネズミね…まあ、間違いじゃないけどね」
相対する若者、油屋の二代目、かつては『坊』と呼ばれていた青年が答える。
「今日は、本気でやるから」
今となっては備前屋の二枚看板、『若』と呼ばれる青年も剣を構えなおす。
「今日は…ときたか、まあ、いい、私も今日は手加減なしだ」
機先を制したのは、ヒコだった。長い得物同士では、間合いを制した者が勝つ。煌く剣戟、繰り出され、薙ぎ払う軌跡。
一閃する剣の軌跡が戟を絶つ。切り離された先端が弧を描いて客席へ飛んでいく。敵に背を向け、舞台を蹴ったのは若だった。すんでのところで切っ先を白刃とった…が。
舞台の上で微笑む敵を見て、若は大きな溜息をついた。
「勝負は一本、降参するか、…舞台から落ちた者の負け…わかったよ、まだ、ぼ…俺は修行が足りないよ」
「いや、勝負はともかく、若、卒業だ」
先ほどまでの敵、そして若の剣技の師匠でもあるヒコが弟子の成長に目を細めながら言った。
「え…?」
状況を把握しきれず若が呆然とする。
「戻りな、油屋に」
いつの間にか舞台に上がっていたカズラギもにやついていた。
「あそこで、そのまま勝負を続ける様ではそれこそ修行のやり直しだ。われらの武術はすべて湯屋を守るもの。お客様を、ここに住まう者を守るためのもの」
「…と、いうことだ」
「だが、このまま終わらせてしまってはお客様も納得すまい?さあ、若、舞台にあがれ、もう一本だ」
再び若が舞台にあがり、息もつかせない剣戟が再開した。
壁紙提供:幻影素材工房様