赤い実と青い実の効能(1)

 いくらなんでも、あんまりだ、ミズキは、泣きそうになった。交わされる言葉、頬を赤らめた少女。少し照れたあの人の顔…。

「…あの、若様があんな風になるのは、私だけ?」

 帰り際の少女の問いに、

「…怒るぞ」

 と、あの人が答える。

 私ではダメだった。それでも、届かない思いはないのだと、信じて、ここまできたというのに。

 あどけない少女だった、あんなにも…幼い。かわいらしい娘だ、とは、ミズキも思った。だが、子供、子供ではないのか。

 呆然と、打ちひしがれ、出て行こうとする少女に見つからないように隠れる。

 涙が溢れる。少なくとも、嫌われてはいない、と、思っていた。だが、届かない、若様が思いを寄せるのはあの娘だ。…どこが違うというのだろうか。思いの強さで、負けているとは思いがたい。

 …でも、私では、ない。

 ゆらりと立ち上がり、その場をあとにする。どこをどう歩いたのだろうか、気がつくと、ミズキは釜爺の薬草園にたどり着いていた。備前屋にあったものとは規模が違う。カズラギから聞いていた、これが薬湯の秘訣。油屋を支える場所のひとつ。

 いっそ、ここに火をかけてしまおうか、不穏当な考えが浮かぶ。愛情が向けられないのであれば、いっそ憎まれてしまいたい、思いの向きが異なるだけで…。

 若様が私を憎む、憎しみの心で満たす、あの娘への愛情ではなく、私への憎しみで…。

 それは、とても甘美な事のように思えた。あの娘でなく、私への思いで満たす。いっそ若の手で命を奪われるのもいい、一生、あの人の心を占めておけるのであれば…。

 そこまで考えて、ミズキはかぶりを振った。

 あやうく、情念の深みにおぼれそうになったのをギリギリで押し留める。ふと、視線を移すと、小さな鉢植えに植えられた対の小さな木。赤い実と、青い実。その形には見覚えがあった。

 そう、備前屋の薬草園で、カズラギと、ヒコが語っていた、あれは、確か夢の実、といった。齢を自在にする、奇妙な実。あれは、なんだったろう、赤い実と、青い実と…。

 ミズキは、その実を全てむしり取ると、懐にしまいこみ、薬草園をあとにした。

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