「何だ、お前さん、千里に惚れとるのか」
からかうように釜爺が言う。
真っ赤になって若が俯いた。
「そいつはあれか?初恋の千尋に似とるからか?」
「違う!!」
若が即答した。
「そりゃ、確かに、千尋のコトは好きだったし、今も好きだけどさ…、違うんだ、そんな、代用品みたいに言わないでよ」
しどろもどろに、それでも、言葉を選びながら若が言った。
「じゃあ何だ、お前さんを追ってきたっていう、あの娘、ありゃあどうなんじゃ」
何でそんなことまで…、と、若は問わなかった。
「ミズキは…違うんだ」
「こんな雪の中を歩いて追いかけてきてくれた娘にそりゃなかろう」
俯いて若が唇を噛む。一途な思い、相手にただ、ただぶつけるしか術を知らない少女を思い出し、そして、それはかつての自分の姿と重なる。
「あいつは、俺に似てる、昔の俺に、だから、あたら振りほどけない」
「結果的にふりまわしちまってもか」
容赦ない釜爺の言葉に、若は返す言葉も無かった。
「…あのな、誰かに思いを寄せられるってのは、基本的に『気分がイイ』事なんだ、思いを返す、返さないにかかわらず。言いたかないが、そんな気持ちに浸ってたい、てんなら千里をどうこう言う資格はねえな」
いよいよもって若はシュンとなってしまった。剣を自在に操る武芸の達人、あざやかに湯屋を切り盛りする若旦那は見る影もない。
「片恋の辛さを、お前さんならわかってやれる…そうじゃねえのか?順序が逆だ、結果的にこうなっちまった以上、あの追いかけてきた娘さんとのオトシマエ、きっちりつけねえとな。違うか?」