「「あ、あのっ…!」」

 揃って声を発し、驚いた千里が紅茶のカップを取り落とす。大きな音を立てて、カップが割れ、熱い紅茶が千里の手にかかった。

「熱っ!」

 瞬時に、若は千里を抱き上げると、炊事場で水を流し、手を水に浸した。冷えていく手の、熱い痛みが、ひりついた痛みに替わる。

 流れる水の音が、白々と明けた光の差し込む部屋に響いた。

 胸の中の少女は、自分の他に、もうひとつの鼓動を感じた。ばらばらだったリズムが、次第、同じリズムで刻まれる。

「…大丈夫か?」

 火傷をした手の甲が、ひりひりして痛む。

「あ、大丈…」

 と、千里が答えようとした時、若の唇が火傷にやさしく触れた。腕の中に抱えられたまま、触れられた唇から、痛みがほわりとした暖かさにかわる。

「あ…っ、あのっ」

 真っ赤になって千里が言うと、若はすっかりきれいになった傷から唇を名残惜しそうに離した。

「…、痛みは、ないか?」

 黙って千里は頷いたが、若は抱いた腕を解こうとはしない。

 千里を抱えるのは初めてでは無い。空を飛ぶときは抱かかえたままだったし、膝にのせて本を読んだこともある。だが、こんな気持ちになったのは初めてだった。離したくない…、と、思った。我知らず、力のこもってしまう腕に。

「…若、様、…苦しい、よ」

 桜色に頬を染めて千里がうめいた。

 ……。

 一瞬、はじけ飛びそうになった理性をギリギリで抑えて、若がやさしく千里を下ろした。

「すっ、すまん!」

 どきどきどきどきどきどきどきどきどき

 口から、心臓が飛び出そうだった。もう、いっそ、この心臓に剣をつき立ててしまおうか、この苦しみから解かれるのではないかという、錯覚に陥る。

「千里、もう帰れ」

 背を向けたまま若が言う。そうでもしないと、自分がとんでもない事をしでかしそうで怖かった。

 だが、千里の耳には、それは違った意味に響いた。…涙がこぼれた。

 振り向いて、泣いている千里に若が驚く。

「千里!?何故?!」

「若様…、若様は千里が嫌い?」

「はぁ?」


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