「てめえ!ヘンなモン食わせんじゃねーよ!」

 リンがミズキの胸倉をつかまんとする勢いで詰め寄る。

「私が…?言いがかりはやめて下さい」

 冷たい笑顔でミズキが答える、…が、若と視線を合わせようとはしていない。

「他に原因があるかもしれないじゃないですか」

 苛立たしそうに千里を見やる。だが、そうして平静を保とうとするミズキの手は震えていた。

「リンさん…、若様」

 不安そうに千里がリン達に視線を向けた。

「食べるな、千里、そいつを食ったせいで釜爺はこんな事になっちまったんだからな!」

「ええっ!」

 驚いて千里は椀を取り落としそうになった。すかさず横から若がそれを奪い取った。

「ミズキ、ならば俺が証明しよう」

 かきこむように、若がそれを自分の口に流し込んだ。

「若様!!」

 叫んで、それを止めようとしたミズキを、リンが制した。

「う…ぐぁッ…」

 若は膝を折ると、胸をかきむしり、苦しそうにあえぐ。

 ――――――変化が、始まった。

 全身が焼け付くように痛かった。まるで細胞のひとつひとつが悲鳴をあげているかのように、体を作り変えようとする作用と、それに対する反作用が熱をもってぶつかる。脂汗が噴出し、手を床につくと、腕が変質していくのがわかった。

 意識が真っ白になったかと思うと、今度は頭の奥の方がぼんやりとする。いつのまにか、体の痛みはなくなり、熱もひいていた。着ている物が破れているようだったが、老いたのでは無いことは、はりのはる肌でわかった。鏡はどこだろうか、自分は、どうなってしまったのだろうか。

 顔をあげると、驚愕に震えるミズキがいた。

「嘘っ…そんなっ…」

 そこには、「坊」がいた。巨大な、ひねくれた瞳の巨大赤子。

 体が重いな、と、坊は思った。だが、もし、あれを千里が食べたら、と考えゾっとする。釜爺の懸案していた、胎児への回帰は食い止める事ができたわけなのだが…。我が体ながら、これほど動きにくいとは、正直思えなかった。

 どーーーーん、と、すさまじい存在感が、周囲を圧倒する。リンと釜爺、カオナシは毒気を抜かれて苦笑するしかなく、ミズキと言えば…。

「こんな、こんな、これが…、これが本当に…?」

 青ざめて後ずさりするミズキに、憮然として坊が言った。

「俺だ、ミズキ」

 幼い、子供の声。

「このデブジャリが若様!?」

 …今のは、ちょっと傷ついた。と、坊は思った。

「美意識が、そんなっ、耐えられない…」

 実際、ミズキの物言いはひどく勝手ではあった。だが、坊はもうひとつ、恐れていた事を確かめるように、千里の方をおそるおそる見た。

「若…さま?」

 首をかしげて、のぞきこむように坊を見た。きょとん、とした表情からは真意までは読めない。

「千里…」

 他の誰に何と言われても、千里の一言に比べたら、何でもない、ただ、もし、千里に拒絶されたならば、自分は、はたして耐えられるだろうか。

「かわいーーーーっ♪」

 …えっ?

 ぎゅっ、と、千里が大きな赤子を抱きしめるように腕を回す。もちろん、大きな体を包みこむ事はできない。が、ぷにぷにした腕のやわらかさを確かめるように頬擦りした。

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