眼前の、信じられない光景を。
望んだのは、こんな事では無かった。自分の方を少しでも見て欲しかった、それなのに。自分で発した言葉に、何よりも自分が驚いた。
「あれ」は何?あの巨大な生意気そうな赤ん坊は。
何がどうして、どうなったら「あれ」がりりしい若者に育つのか信じがたく、また、動じない娘にも驚いた。
もう、取り返しがつかない、自分の手で、壊してしまったのだから。
「ふふふっ」
真っ直ぐ見開かれた瞳から涙が溢れる、狂気じみた哄笑と、虚ろな眼差し。ゆらりと立ち上がったミズキはまるで幽鬼のようだった。
「私は、何の為に…」
外から、叫び声が聞こえてきた。
「火事だーーーーーーーっ」
リンが、開かれた窓から、欄干に身を乗り出して見ると、敷地の一角から黒煙があがっていた。宴会の為、発見の遅れた火事は、勢いよく夜の空を焦がしている。
燃えているのは、釜爺の薬草園。
火をつけたのはミズキだった。
ハクが、竜身となって身を躍らせると、鷹の姿に転じたヒコが続く、他の者たちも、夢の実を口にしなかった者が次々と宴席を離れ、消火に向かう。
炎が闇を照らし、赤々と燃える。
「私、…、私は、何て事を…」
泣き崩れるミズキに、千里の平手打ちが飛んだ。
「しっかりして下さい!後悔は、全部終わってからでもできます!今は!できる事を!…もし、悔いる気持ちがあるのなら!」
言い放つと、踵を返し、宴の間を後にした。坊が、どすどすとその後に続く。
ただ一人、宴の間に残されたミズキの横にカオナシが立っていた。物言わぬ異形が、そっとミズキの肩に触れた。
「アッ…、アッ…」
ミズキが、カオナシの肩に捕まると、カオナシが窓からひらりと飛び上がる。黒い衣が翻り、ふわり、と、パラシュートのように空気をはらんでひらひらと落下していった。
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