話は、少し前に遡る。

「何やってんだ!とっととしやがれ!」

 先頭で激をとばしているのはリンだった。延焼を防ぐ為、リンは手下達を指図して、水桶から鍋釜から、とにかくありったけ出してバケツリレーで隣接する母屋に水をかける。

 そうした人垣を駆け抜けるようにして、ミズキとカオナシが走り抜ける。その姿を見てとったリンは、

「…ッ、アイツ!まだ何かやる気かよ!」

 吐き捨てるように言うと、ミズキ達を追いかけた。

 そして、千里は。

「ちう…」

 赤子の姿では動きにくいと、ネズミに転じた坊を肩に乗せ、水をかぶっていた。薬草園には、ここで栽培する他手に入らない薬草が多くある。天然の温泉を持つ備前屋と違い、海水を蒸留して湯を沸かし、薬草によって薬湯となす油屋にとって、薬草を失うのは大きな損失だった。

「ちう!ちうちう!!」

 (ダメだ!危険だ!)という坊を振り切り、炎上する薬草園に飛び込もうとしようとした千里を、ミズキが止めた。

「ミズキ…さん?」

「私がやるわ、いえ、やらせて、これは私の『できる事』だから」

「ダメ!ミズキさん、まだ体が!」

 千里を振り切って飛び込もうとしたミズキを、今度はリンが止めた。

「お前、いい根性してんじゃん」

 歯をむいて、にかっと笑うと、ミズキに当て身を入れた。

「な…乱暴ね…」

 意識を失う直前にも憎まれ口を叩くミズキを千里に委ね、リンが叫んだ。

「千里、こーゆー事はオトナに任せるもんさ。…カオナシ!坊!行くよ!」

 坊を肩に乗せ、カオナシを呼ぶ。いつもは摺り足(といっても足があるのか甚だ怪しいところではあるが)で進むカオナシは、どこら出したか四肢で四つんばいになっている、ひょい、とその背に乗ると、再びリンが号令をくれる。

「行っけえええ!!」

 どこからそんな底力が、と想える勢いで、リンはカオナシ、坊と共に炎上する薬草園に突っ込んだ。

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