ここのところのハクの不機嫌の原因は娘の行動だった。事あるごとに、坊の元に行きたがる。そしてたまに話をすれば、口にするのは・・・。
「今日、若様がねえ。・・・。」
だの。
「若様って強いんだよ。」
だの。
「一緒に空を飛んだの!」
それまでは、お父さん、お父さん、と慕って、来るなと言っても帳場にやってきていたというのに。最近めっきりご無沙汰である。
ハク達親子は、区画を割り当てられていたが、下働きに出るようになってから、千里は女中部屋で寝起きするようになり、めったに娘には会えない。夫婦水入らずのさなか、ハクがぼやいた。
「まさか、千里は坊のことが・・・。」
青い顔をしてハクが言う。
「たぶんね。」
ころころと笑って千尋が言った。
「そんな!早すぎる!」
そう言うと、ハクはちゃぶ台をドン!と叩いた。
「ハク・・・私があなたに出会ったのは何歳だったかしら。」
「・・・10歳。」
「そう、そして千里は?」
「ダメだ。年が離れすぎている。一回りも違うんだぞ。」
「千里が16になる頃、坊は28くらいかしら?無理のありすぎる歳とも思えないけど?」
「千尋、そなたは、娘が大事じゃないのか?!」
「うろたえるハクを見るのがおもしろいだけ。」
そう言うと、千尋はクスクスと声を押し殺すようにして笑った。
夫婦漫才が繰り広げられる頃、千里と坊は並んで月を見ていた。
「ねえ、若様。」
「何だ?」
油屋の屋根の上、月はもう沈みかけている。
「お父さんは、竜なんだよね。」
「ああ、そうだ。」
「若様のお父さんも竜なんでしょ?」
「よく知っているな。」
「・・・若様は竜になれるの?」
「いや、なれない。」
「千里も、竜にはなれないの?」
「さあ、わからんが、転変できるのは、純血種の竜だけかもしれない。」
「・・・そっか。」
寂しそうに千里が言う。
「千里は竜になりたいのか?」
「うーん。わからないけど、ちょっとなってみたかったから。」
「竜にはなれなくても、竜を産むことならできるかもしれないぞ。」
「どうやって!?」
顔を輝かせて坊に尋ねる。
「俺の子を産めばいい。半竜同士、もしかしたら竜の子が生まれるかもしれない。」
我ながらちょっとタチの悪い冗談だったかな。と坊は苦笑したが、
「産む!!」
と、意味がわかっているのかいないのか。千里が坊の腕を掴んだ。
無邪気な笑顔。面差しはよく似ているが、やはりセンとは違う。だが、坊は千里に惹かれはじめていた。ただ、千里はあまりにも幼い。
千里の頭にぽんと手を置き、坊が千里の耳元で囁いた。
「じゃあ、あとは千里が大人になったら教えてやろう。」
どちらにしろ、一度はハクと対決しなくてはならないな。まあ、望むところだけど。坊に寄りかかって、いつの間にか千里は寝息をたてている。守りたいものを得て、坊は、くすぐったいような、うれしいような、あたたかい気持ちに満たされていた。
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