木は森に、鳥は空に、魚は水に(1)

  あるべきものを、あるべき場所へ。

 高きから、低きへ流れる水のように。

 引き合い、安定する陰と陽のように。

 それが理。

 耐えて世に、過ぐる時の。


 


 二体の龍と、少女が落ちてきた。

 白い竜は少女をかばうように、我が身で支える。赤い竜も、白い竜同様傷つき、血を流していた。
 誰よりも先に意識を取り戻した少女が白い竜ににじり寄る、白い竜は、人型に戻り、息も絶え絶えに。だが、かろうじて起き上がり、少女を安心させた。
 そして、赤い竜も、人の姿をとった。

 安心した少女が省みた先に、傷つきながらも、立ち上がるヌシが、いた。

「娘、何故止めた。」
 信じがたい様子でヌシが問う。

「…わかりません。」
 千尋はうつむいて、顔をあげ、意を決してヌシを見据えた。
「あなたは、ひどいことをしてます。そう…思います。」
「ほう?それがわかっていて何故?」
「おばあちゃんと、坊のために。」

 ヌシは、複雑な顔をした。

「お前は、惚けているのか?今までの話、どこを聞いていた。」
「あなたを助けたかったわけじゃありません。」
 きっぱりと、千尋が言い放つ。
「自分が愛されたいから、相手にこびているにすぎない。とあなたは言いました。どうしてその人の事を愛したいって思ったらいけないんです?その人の事を好きだから、ただいとおしいって、役に立ちたいって、そんな風に思ったりはしないんですか?」
「な…。」
 二の句が継げなくなったのは、今度はヌシの方だった。
「あなたは、『誰かをいとおしい、好きだ。』そんな風には思わないんですか?ただ、自分へ向けられた感情には、裏があって、あなたの愛を欲していると。だとしたら…それは大変な思い上がりです。ただ、そばにいたい。それだけでも、いけない事なんですか?もちろん、私自身が一緒にいたいから。確かにそうです、でも、自分の側にいて欲しいが為に、媚びているんじゃありません。」

 言いながら、千尋はぼろぼろと涙を流していた。

「私は、おばあちゃん達が好きです。坊が好きです。だから、ここへ来ました。おばあちゃん達のために。でも、それは、『私がそうしたかったから』です。相手に対して求めるだけ、常に自分だけを見てほしいと思うあなたは、…間違ってます。誰かに強制されて湧き上がる感情なんて、嘘の感情です。自然に心の中から湧き上がる思いを、否定するなんてできない。」

「やめるんだ、千尋。」

 立ち上がったハクが千尋の腕を掴む。

 そして、そのまま抱きしめた。

 ハクの腕の中で、千尋は泣きじゃくった。

 自分で、支離滅裂だ。と千尋は思ってた。ただこれだけは言える。千尋は、ずっと「怒って」いたのだ。目の前にいる男が、どれだけの年齢かはわからない。だが、年のいかないやっかいなダダッ子が、拗ねているような感情で多くの好きな人が傷つけられた。ハクが、坊が、そして、親切にしてくれたヒコやカズラギが。理不尽このうえない感情のために。そして、また、哀れにも思った。ここまで歪んでしまうほどに、何ゆえ愛を否定するのか。理解ができなかった。

「どうして、そんなふうに、何もかもを否定してしまうんですか?」

 千尋が、真っ直ぐに、泣きはらした目で見つめる。

 突然、ヌシが表情を崩した。

「私を…哀れむな。」

 顔面蒼白に、ガタガタと震え、震える我が身を両手で抱きしめる。

「私の事など、誰も愛したりはしないのだ。」

 ヌシを見つめる千尋の視線に、いっそうの憐憫が浮かぶ。

「見るな。そんな風に私を見るな!!」

 ぐにゃり。と、ヌシの顔が歪む。足元から、漆黒の闇が這い上がってくる。既に足は消えかかっていた。

「サミシイ…。サミシイ…。」

 地獄の底から這い上がるような、低い声が響く。

「いやだ。こんなのは嫌だ。」

 別人のように脅えた声でヌシが叫ぶ。両手で顔を覆い、
「嫌だ…。嫌だああああ!」

 再び上げた顔、そこに、もはやヌシの顔は無く、白い面に変わっていた。表情の無い、虚ろな瞳。涙をかたどったような隈取。その、表情は。

「…か、カオナシ?」

 驚いて、千尋がたじろぐ。
 ハクは、千尋を抱く腕に力をこめた。

「サミシイ…、サミシイ。サムイ。サムイ。ソバニイテ。ワタシヲミテ…。」

 体も、既に黒い闇にすっぽりと覆われ、かろうじて、髪がヌシの面影を残すのみとなっていた

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