あるべきものを、あるべき場所へ。
高きから、低きへ流れる水のように。
引き合い、安定する陰と陽のように。
それが理。
耐えて世に、過ぐる時の。
二体の龍と、少女が落ちてきた。
白い竜は少女をかばうように、我が身で支える。赤い竜も、白い竜同様傷つき、血を流していた。
誰よりも先に意識を取り戻した少女が白い竜ににじり寄る、白い竜は、人型に戻り、息も絶え絶えに。だが、かろうじて起き上がり、少女を安心させた。
そして、赤い竜も、人の姿をとった。
安心した少女が省みた先に、傷つきながらも、立ち上がるヌシが、いた。
「娘、何故止めた。」
信じがたい様子でヌシが問う。
「…わかりません。」
千尋はうつむいて、顔をあげ、意を決してヌシを見据えた。
「あなたは、ひどいことをしてます。そう…思います。」
「ほう?それがわかっていて何故?」
「おばあちゃんと、坊のために。」
ヌシは、複雑な顔をした。
「お前は、惚けているのか?今までの話、どこを聞いていた。」
「あなたを助けたかったわけじゃありません。」
きっぱりと、千尋が言い放つ。
「自分が愛されたいから、相手にこびているにすぎない。とあなたは言いました。どうしてその人の事を愛したいって思ったらいけないんです?その人の事を好きだから、ただいとおしいって、役に立ちたいって、そんな風に思ったりはしないんですか?」
「な…。」
二の句が継げなくなったのは、今度はヌシの方だった。
「あなたは、『誰かをいとおしい、好きだ。』そんな風には思わないんですか?ただ、自分へ向けられた感情には、裏があって、あなたの愛を欲していると。だとしたら…それは大変な思い上がりです。ただ、そばにいたい。それだけでも、いけない事なんですか?もちろん、私自身が一緒にいたいから。確かにそうです、でも、自分の側にいて欲しいが為に、媚びているんじゃありません。」
言いながら、千尋はぼろぼろと涙を流していた。
「私は、おばあちゃん達が好きです。坊が好きです。だから、ここへ来ました。おばあちゃん達のために。でも、それは、『私がそうしたかったから』です。相手に対して求めるだけ、常に自分だけを見てほしいと思うあなたは、…間違ってます。誰かに強制されて湧き上がる感情なんて、嘘の感情です。自然に心の中から湧き上がる思いを、否定するなんてできない。」
「やめるんだ、千尋。」
立ち上がったハクが千尋の腕を掴む。
そして、そのまま抱きしめた。
ハクの腕の中で、千尋は泣きじゃくった。
自分で、支離滅裂だ。と千尋は思ってた。ただこれだけは言える。千尋は、ずっと「怒って」いたのだ。目の前にいる男が、どれだけの年齢かはわからない。だが、年のいかないやっかいなダダッ子が、拗ねているような感情で多くの好きな人が傷つけられた。ハクが、坊が、そして、親切にしてくれたヒコやカズラギが。理不尽このうえない感情のために。そして、また、哀れにも思った。ここまで歪んでしまうほどに、何ゆえ愛を否定するのか。理解ができなかった。
「どうして、そんなふうに、何もかもを否定してしまうんですか?」
千尋が、真っ直ぐに、泣きはらした目で見つめる。
突然、ヌシが表情を崩した。
「私を…哀れむな。」
顔面蒼白に、ガタガタと震え、震える我が身を両手で抱きしめる。
「私の事など、誰も愛したりはしないのだ。」
ヌシを見つめる千尋の視線に、いっそうの憐憫が浮かぶ。
「見るな。そんな風に私を見るな!!」
ぐにゃり。と、ヌシの顔が歪む。足元から、漆黒の闇が這い上がってくる。既に足は消えかかっていた。
「サミシイ…。サミシイ…。」
地獄の底から這い上がるような、低い声が響く。
「いやだ。こんなのは嫌だ。」
別人のように脅えた声でヌシが叫ぶ。両手で顔を覆い、
「嫌だ…。嫌だああああ!」
再び上げた顔、そこに、もはやヌシの顔は無く、白い面に変わっていた。表情の無い、虚ろな瞳。涙をかたどったような隈取。その、表情は。
「…か、カオナシ?」
驚いて、千尋がたじろぐ。
ハクは、千尋を抱く腕に力をこめた。
「サミシイ…、サミシイ。サムイ。サムイ。ソバニイテ。ワタシヲミテ…。」
体も、既に黒い闇にすっぽりと覆われ、かろうじて、髪がヌシの面影を残すのみとなっていた