男の腕が、千里を捕らえ、両腕を掲げられる。十字に立たされた娘の後ろから、首筋の鱗を、じっとりと舌が這っていく。
男の呪縛と、与えられるおぞましい感覚から逃れようと、千里がもがく。
ミズキが掌中に気を溜め、放つ…が、見えない結界に阻まれ、放たれた光の珠が霧散した。
「君にも、…そろそろはずしてもらった方がいいかな、僕はかまわないけれど、千里は、…見られたくないだろうからね、いいものなんだけどね、娘が快感に溺れる様、というのは」
片手を解き、ミズキに向けられた指先から炎が奔流となって、魔女の身を焼いた。
「いやあああっ!」
燃え上がる炎の中、ミズキが魔法で小さな水竜巻を起こし、火を消す。
傷ついた身に、片膝をつきながら、それでもミズキは逃げずに、再度男に向かっていこうとする。
「…しつこいね、君も」
あきれながら、男は、解いた片手で、今度は千里のドレスをたくし上げ、白い素足を晒し、指先を遊ばせ始めた。
唇は、浮かびあがる鱗から離れる事は無い。
なんで…っ、体に、力が…入らないッ…。
逃げようとあがくのに、動かない四肢に千里は苛立つ。これ以上の陵辱を受けるならば…いっそ。
舌を噛み切ろうとした、千里の顎を男が掴んだ。
「おっと!まだ死なれたら困るんだ」
千里の翡翠の相貌が、男を睨む。
「いいね、その表情、流石僕が見込んだ娘だ」
「…どうやって…どうやって若様を…」
ひるむことなく千里が続ける。
「ああ、彼ね、彼はたやすかったよ、彼の父親の赤竜がいるだろう?やっぱり湯屋をやっている、僕さ、半竜を探すためけっこうあちこちの湯屋を巡ったんだよ、その時湯女の一人から聞いた噂でね、父親が竜の湯屋の跡取がいるってね、そして、今薬材を探す旅をしているという事もね、それでさ、彼に会った時…僕の怪我を快方してもらっている時、身の上話になってね、竜のいた淵に住んでいた事、竜がいなくなったせいで淵は荒れて、生き物は皆死んでしまって…残ったのは僕だけだったんだけど、僕は、彼にこう言ったんだ」
『いなくなった赤い竜は、今湯屋をやっているそうです』
「…ってね」
千里の顔が凍りついた。
「もちろんそれは嘘なんだけどさ、彼、真っ青になってね、何ていうの?茫然自失ってヤツ?隙だらけでね、そう、だから、とても簡単だったよ、凄く驚いていたけど、彼、自分がどうなったかもわからないまま珠になっちゃった、おかしいよね」
そう言って、男は心底楽しそうに…笑った。
信じたくない、そう、思った千里の喉元に、男が牙を持って噛み付こうとした、刹那。
突然、翡翠色の珠が輝き、強烈な閃光が男の身を焼いた。
「グァあああああ!!」
あまりの眩さに、男が千里の戒めを解く。
すかさず、ミズキが千里の身を男から引き剥がした。
閃光の中心には、翡翠の珠。
球形に亀裂が入り…音もなく、割れる。
さらに閃光は輝きを増し、ミズキも千里も目を細める。
中心に浮かぶ人影、…それは、その、姿は。
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