うずくまり、そして立ち上がったその姿は、うっすらとこけた頬と無精髭が、いっそうその顔を精悍に彩る、長身の男。伸びてしまった髪を無造作に結わえ、前髪から、瞳が覗く。甲冑をまとわぬ旅姿の軽装ではあるが、手にした剣は構えられ、今しも抜き身がひらめきそうな、殺気をまとった…若だった。
「そんな…馬鹿な…」
はじめて、男から余裕の笑みが消えた。
「…同情は、した。お前を哀れだとも思う。俺の身ひとつで気がすむのなら、くれてやってもいいか、とも思った…が、千里の身に害を成そうというなら話は別だ」
柄に手をかけ、抜き放つと、刀身が煌めく。
「…俺はお前を許さない」
若は静かに、だが確かに怒っていた。
「おもしろいね、僕を殺すの?」
素早く体裁をとりつくろって男が答える。視線の端に、絶えず千里達を捕らえながら。
「ミズキ!」
「ハイッ!」
若の声に、ミズキはあわてて返事をした。
「千里を頼む」
たったひとこと、それは肩越しの言葉。若はミズキを向いてはいない、だが、それでも、ミズキは嬉しかった。
「若様っ!」
千里が叫ぶと、若がゆっくりと振り向く。
娘らしく、美しく育った千里を、もっと愛でていたい、そう思いながら、すぐさま若は男に向き直った。
若様だ…生きてた…無事で…。
よろけそうになりる千里をミズキが支える。
良かった、若様…、帰って…。
支える手に力をこめて、ミズキも瞳に涙を溜めながら、二人はうなづきあっていた。
そこに、ぱちぱち、と、手を叩く音が聞こえてきた。
「…美しい、再会、というワケか…イライラするんだよ、龍も、それにまつわる者すべても!」
そう言って、見開かれた男の紫の瞳には金色の光彩、赤い髪はいよいよ炎のように逆立っている。真っ赤な爪が、若を引き裂こうと向かってくる。
キン!と、高い音がして、男の爪と、若の剣がぶつかり合った。
「…そんなに、死にたいのか、お前は…っ!」
若が爪ごと男の体を払いのける。男は軽やかに身を反転させ、立ち上がる。
「死にたいだって?僕は龍になるんだ、君と、彼女を糧として!」
次々と、男の両手の爪が繰り出され、若をそれを剣で交わしながら後ずさる。壁際まで追い詰められた若の頭を掠めるように、右の爪が壁に突き刺さった。
つい、と、若の左頬から一筋の血が流れる。
「ならばなぜ、俺を怒らせるような事をした、お前だったら、千里を言葉だけで騙す事とてできた筈」
追い詰められながらも、若の視線は劣勢のそれでは無い。
「むしろ、半竜の雌雄を隙をついて珠にするなど、お前にとってたやすい事だったのではないか?」
男は、一瞬言葉に詰まり、射抜くような若の視線を逸らすと、千里の方を一瞥した。
「…別に、試してみたかっただけさ、一途に君を慕う千里が、女の悦びに目覚めてあえぐかどうかをね、…女なんてね、皆一緒さ、相手は誰だっていいんだ、一夜の快楽に身を委ね貪るだけの存在だ」
「…だが、千里はそうではなかったろう?」
若の言葉に、男がひるんだ。
「…君を慕っているから…とでも言いたいのかい?」
止めとばかりに男が爪を若の喉につきたてようとした刹那、握った柄で、若は男に当身をくわせた。
咳き込んで、男がうずくまる。
「…哀れな鯉だ…」
若が、足元にうずくまる男に向かって冷ややかに言う。
「…ン、だとッ…」
咳き込みながら、男が若を見上げた。
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