咳き込みながら、男が若を見上げた。
「お前は千里に何を求める、癒しか、…それとも救いか?」
視線を逸らさず、若の剣が男を補足する。
「戯言を!」
飛び上がって、若を貫こうと襲い掛かってきた男を、若はそのまま貫いた。
「ガ…ッ…はッ…」
男の口角に血の泡が浮かび、力を失った両腕が若の肩に落ちかかる。その身を貫かれたまま、抱きあうように、倒れこんだ。男の身を、剣ごと若が抱きしめた。
「…ぜ・・・何故だ、僕は、ただ生きていたかった…だけだ、考えたり、思ったり…そんな力…さえなかったら、何も知らずに、皆と共に朽ちていけたのに…半端な力、何もできないのに、痛みと…、苦しみを感じる…のは竜のせい…だって…」
若の肩に頭をもたせかけ男は呪うように、うめくように、…言った。涙と、血でぐしゃぐしゃになった顔を、持ち上げて、…千里の方を見、血にまみれた手を指しのばす。
「あと…少し…で、僕…はッ…」
倒れこんだ男の体が、ガクンと揺れると、抱きしめていた若の腕から、男の身がすり抜け落ちていった。そのまま、体が小さくなってゆき、…、若の足元で一匹の金地に赤い模様の入った鯉が、ニ三度、苦しそうにぴちぴちと体を揺すると、そのまま、…動かなくなった。
若は無言で、唇を噛み締めたまま、足元の鯉を拾い上げ、千里を見た。
勝った筈の若の顔は、かつて見たことがない、深い哀しみをたたえていた。
「若様!…それは」
千里が駆け寄り、そっと鯉に手を差し伸べた。
自身と、若の血にまみれた鯉は、傷つき、鱗は剥がれ落ち、その身は所々白い黴に蝕まれていた。
「守護を失った淵に、おそらくは人の飼っていた鯉がまぎれこんだのだろう、主に捨てられたのか、…俺にはわからない。竜の神気を浴びた生き物は、まれに力を持つという、…こいつは、奇形の、脆弱な身でありながら、その力を持ってしまったのだろう。生きにくい場所で、苦しみ、あがき、昇山して竜になろうとした…誰に吹き込まれたのか、半竜の雌雄を揃えれば竜になれると信じていた…が、それさえ、定かではなかったのだろう」
とつとつと、語る若の口調は落ち着いているが、腕が、慟哭に震えている。
「結局俺は、助ける事も、救うこともできなかった」
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