千里は、ただ恐れることしかできなかった自分を恥じた。救う事のできなかった、小ささな命は、今若と、自分の手の中に。…あれほど恐れ、憎しみさえ覚えた相手の為に、千里は、涙を流した。瞳から、大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちる。

 しずくのひとつが、命つきた鯉にかかり、…そして。

 混ざり合う、千里の涙と、若の血が、鯉の身に奇跡を起こした。

 変化は、ゆっくりと起こる。若の腕の中にあった鯉は、形を変え、赤と金の鱗持つ、一匹の蛇に姿を変えた。

「…これは?いったい」

 姿を変えはしたが、蛇に変わった鯉は、変わらずぐったりと、その身を起こすことが無い。

「これは…蝮ね、銭婆様に聞いたことがあるわ、蝮が500年たって蛟竜になり、蛟が1000年たつと龍になると」

「ミズキ!じゃあ!」

 千里が目を輝かせて尋ねる。

「気の長い話ではあるけど、彼は龍になれる可能性がまだ残ってる、って事。千里と、若様の力の作用までは、私にはわからないけれども…若様、彼をこちらへ」

 差し伸べたミズキの腕に、よろよろと蝮が絡みついた。自分の腕に蝮を受けたミズキが、蛇を絡めた腕を差し上げて、言った。

「汝に名を授けよう、湯屋の一女、銭婆の弟子、ミズキが命じる、汝、名を『セキト』。年ふりて蛟龍になるその日まで、汝を我が使いと成す」

 すると、セキトと名づけられた蛇は、みるみる力を取り戻し、ミズキの腕に絡んだまま鎌首をもたげた。

「おいで」

 ミズキが手を差し伸べると、蛇はミズキの鎖骨を這い、首に巻きつくと、そのまま紅玉をはめ込んだ金色の首飾りになった。

「…実は私もそろそろ使いが欲しかったの、小さいけど、龍にまでなろうとした気概は賞賛に値するし、多少性悪くらいな方が魔女の使いにはふさわしいから」

 豪奢な首飾りは、ミズキの豊かな黒髪によく似合っていた。今は千里の水干を着ているが、いつもの銭婆謹製の黒いドレスであれば、さらに映えたに違いない。

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