――――回想。
少しだけ、昔のお話。
水底に、金糸銀糸の綾絹を、まとったような魚影が浮かぶ。
深い、深い、澱んだ淵。
自然の姿にあらぬ、奇形の魚。
白く蝕まれていく鱗と、傷ついていく鰭。
「この淵には昔竜がいてね」
語るのは、既に朽ちかけたムクロ。
おびただしい亡骸と、白くなれない骨の山。
「だから竜の神気を浴びたこの淵の生き物達はかしこくてね」
自然にあっては永らえられぬ身だというのに、残ってしまった金色の魚は、日に日に蝕まれていく身に、いなくなってしまった竜を呪った。
「お前は長く人の中にありすぎたようだ、だから他とは違うのだね」
うるさい、うるさい、うるさい。
朽ちていく身を嘆くのは、ならばそれは人のせいか、竜のせいか。
ならば呪おう、人人人。
この身がもしも永らえるなら、成ってみせよう、竜にでも。
灯火の消えかけた命は、暴風雨によって一変する。
巻き上がる渦が、ぼろぼろになった魚を弄び、そして…。
澄んだ水、どこまでも広がっていく碧。
哀れな魚の最後の願いを、聞き入れたのは神か魔か。
蒼い空と、碧い海に、二本の足を得て立ち上がった魚は、ゆっくりと剥がれ落ちていく金色の鱗をかき集め、笑った。大きく息を吸い込む。水ではなく、空気を。
炎のような髪の若者は、浅瀬に立ち、慣れぬ足取りで歩き出す。
呪いの成就。
いつか竜になるために。