傷ついた男を見かけたのは、本当に偶然だったのだろうか…。
混濁する意識、俺はどうしたんだろう。薬材を探す旅に出たのではなかったか。ここはどこだろうか、意識がはっきりとせず、夢の中にいるようで。
断片的な記憶の底に浮かび上がる少女の顔。
「…千里、俺は…」
何度も浮かんでは消える少女の幻、自身の存在の危うさと、失われた時間感覚のさなか、たったひとつ確かな思い。
そう、目的は達した。あとは戻るだけのはずだった。
俺は今、「どこ」で「何を」しているのか、わからない。
ぬるま湯にひたり続けるような、安らぎとは違う。惰性。
それでも、俺は戻らなくてはならない。
だが…どこへ?
もう、何もしたくない、このまま、ここでまどろんでいたい。
あの少女は、きっと俺の作り出した幻。
少女の名も…もはや遠く…。
「お助け下さい」
男の声と、顔が浮かぶ。
紅い髪をした男だった。怪我をした、と言っていた。もっている薬で治療をして…そして、俺はどうしたんだったか。
思い出そうとするのに、思い出せない。
ここはどこだ。
俺は誰だ。
何をしていたんだ。
戻る…?
どこへ。
もう、何も考えたくない、このまま、ここで…。
「…か、様」
…?
「…待ってるから、私、ずっと待ってるから」
………。
「いやっ!若様!若様!若様!」
鮮烈な、助けを求める、声!
千里、…俺は!!
俺は!!
背景素材;満月夜会様