いつか不思議の町で(1)

愛って何だろう。

鬼になってしまったあの女性。
カオナシになってしまったヌシさん。

誰かに気持ちを向けすぎると、自分のバランスが保てなくなるんだろうか。

それはどんな気分なんだろう。

怖いような気が…少し、する。

でも、自分の心の内にある、暖かい気持ち。

そばにいたい。
声を聞きたい。
抱きしめられて、ドキドキする。


恋って何だろう。

ささいな事に一喜一憂。

ころころと表情の変わる少女を、
いとおしいと思う。

触れたいと…思った。

帰ってきた、拒絶の言葉。

胸が、しめつけられる、せつない気持ち。

そばにいたい。
声を聞きたい。
抱きしめたくて、ドキドキする。


「え?列車って、行ったきりじゃないんですか?」

 カズラギの部屋で、千尋と坊、湯婆々がお茶を飲んでいる。ヒコは次の間で横になり、引き戸を開いて話に加わっていた。

「釜爺が、言ったのか。」

 ずずっ、と音をたてて、カズラギが茶をすすった。

「おかしいとは思わんか?行ったきり戻って来ない電車がどこに行くのか。」

「や…でも。」

 だって、ここは不思議な場所だし…と千尋は思ったが、声に出しては言わなかった。

「環状線なんだよ。海原電鉄は。」

「かんじょうせん…。」

 千尋は山の手線を思い出していた。

「ねえ、それってどういうこと?」

 椅子に座って足をぶらぶらさせながら坊が尋ねる。

「ここから、海原電鉄で帰れるってことさ。」

 おかわりのお茶を注ぎながら湯婆々が言う。

「そうなの?」

 坊がカズラギを見て聞いた。

「そうだな…ただ、問題は。」

 そう、パスは3枚。千尋、坊、ハク、…そして、湯婆々。1枚足りないのだ。

「今は体があるからねえ。鳥になってあたし一人で戻ってもいいんだけど、まだちょっとこの体に慣れてなくてね。術の制御に自信が…ないねえ。」

 もうしわけなさそうに湯婆々がつぶやいた。

「…そうなると、やっぱりハクに一人で帰ってもらうしかないのかな?」

 坊の言葉に一同が沈黙する。

「やっぱりそれしかないのかねえ。」

 溜息をつきながら湯婆々が言った。

 『あの時』以来、千尋はハクの部屋に行っていない。気まずさが何よりも先立って、顔を合わせる事ができないのだ。ハクの事を、嫌いなはずは無い、ただ、触れられた時、反射的にあのヒヒ神を思い出してしまったのだ。比較するとか、そういう事ではなくて、体が萎縮してしまった。ひどい事を言ってしまった。…嫌じゃ、なかったのに。

「…セン?」

 黙ったきり、顔色を青くしたり赤くしたりする千尋にヒコが声をかける。

「ううん!何でもない。」

 顔を上げ、答えたが、すぐに千尋は深い溜息をついた。

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