いつか不思議の町で(3)

  ヨノハテのホームで、終始ハクはむっつりとしていた。千尋の「お願い」

「あの…ほら、おばあちゃんも、体、ツラいだろうし。私も坊も、空、飛べないじゃない?だから…ね?」

 もっともな申し出で、実際、ハクもそう考えていた。別段何が気に入らない。というわけではない。ただ、そう、ヘンに気をまわしすぎてしまった自分に自己嫌悪を感じただけだ。

 ヒコとカズラギが見送りに来てくれて、列車の到着を待つ。ヌシは、結局最後まで顔を見せなかった。

「まあ、何のわだかまりもなく、…ってわけにはいかんしな。カンベンしてやってくれ。」カズラギが笑って言った。

「僕…また来てもいい?」
 坊がおずおずと言い出した。
「あの、…そう、ヒコさんに武術とか、教えて欲しいし。」

 ヒコとカズラギが微笑む。

「…おっかさんはそれでいいのかい?」にやにやしながらカズラギが湯婆々に尋ねる。
「まあ、この子は言い出したら聞かないからね。」

 ヒコが目線を坊に合わせるようにしゃがみこむと、髪をくしゃ、と撫でた。
「それがしの指導は厳しいぞ。…いいのか?」
「うん!」ぱあっと、満面の笑みを浮かべて、坊が答えた。

 列車がホームにゆっくりと入ってきた。

「行くよ。」
 湯婆々が促すと、坊と千尋がその後に続く。竜身に転じたハクが、同時に空に舞い上がった。

 乗り込もうとした千尋の耳元で、ヒコが囁いた。千尋の顔がぱっと赤くなる。

「…そんな事!まだですっ!!」

「そうか、すまなかった。だが、いずれそうなるのだろう?まあ、仲良くする事だ。」
 ヒコが片目を瞑る。

 乗り込んだ列車のコンパートメントの窓を開け、千尋はカズラギとヒコに向かって叫んだ。

「私の名前、千尋って言うんです!」

 ヒコとカズラギは面食らって顔を見合わせたが、すぐに向き直り、走り出す列車に手を振った。

「元気でな!千尋!」

 ゆっくりと、二人の姿が遠ざかっていく。千尋と坊は、二人の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

 先行していた白い竜が列車に近づく。海を走っていく列車と並ぶように、白い竜は一瞬並走し、すぐまた、高く舞い上がった。

「…セン。」
 湯婆々は相変らず千尋をセンと呼ぶ。

「目的は果たせた。…だが、ひとつだけだ。」

 冷水をかけられたように、現実に引き戻される。

「…あ。」

 ハクは、新しい力を得ることができなかった。何しろ、備前屋に来ていた神々はいなくなってしまったのだから。

「でも、これから探すとか。」

「そうだね。1年か、それとも10年か。」

 湯婆々の言葉に容赦は無い。

「あんたとハクには世話になった。私もなんとかしてやりたいが…、どうにもならないんだよ。…これだけは、先に言っておくよ。」

 忘れていた。…いや、考えないようにしていた。というのが正しい。ハクと一緒にいられる事がうれしくて。でも、やはり、考えなくてはならなかった。

 これからのことを。

 列車は進んでいく。油屋に戻る為に。

 千尋だけ、行き先を見失っていた。自分の先にある道のいくつか。列車が、油屋につくまでには、出さなくてはならない、結論を。

 目的を果たして、楽しいはずの帰路は、とたんに重いものとなり、三人は押し黙って、窓の外を見ていた

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