油屋に戻ると、銭婆、リンが出迎える。再会を喜び合う千尋達を横目に、湯婆々がひっそりと姉の横へ行く。
「若いまま、帰ってくるかと思ったんだけどね。」
しみじみと、銭婆が言った。
「何言ってんだい、突然私のナリが変わっちまったら、下のモンがびっくりするよ。」
てれくさそうに湯婆々が答えた。
姉の体が老いたというのに、自分だけ若いままで涼しい顔ができるほど、ツラの皮ァ厚くはないよ。とでも言ってやろうかと思ったが、やめてしまった。
今さらどう「仲良く」すればいいのだろうか。
距離をつかみかねている大人二人を見て、坊が千尋にささやく。
「素直じゃないよね。」
「そうね。」
と、笑って答えた。ただ、素直じゃないのは千尋も同じだった。
「なあ、セン、いつ帰るんだ?もう少しゆっくりできるんだろ?」
リンは既に千尋を拉致する準備万端だ。
「あの…。」
千尋が言いかけたのを湯婆々が遮った。
「センは、明日、帰るよ。」
「えーーーーーー!!」
リンと坊が声を揃えて抗議した。
「明日までだ。答えは、早い方がいい。」
湯婆々が冷たく言い放つ。銭婆は、事の次第を察したのか、黙って千尋を見つめていた。
一足先についたハクはボイラー室にいた。釜爺と向き合って正座している。
「方法は、…ねえ。」
「…そうですか。」
うつむくと、意を決して、ハクが釜爺を見据えた。
「言わずに後悔するより、言っちまって後悔した方がなんぼかましだぞ。」
わしのようにならんですむ。という言葉を釜爺が飲み込む。
「…もう、言いました。」
とたんにハクが目をそらす。
「じゃあ、何の問題もないだろうが。」
二人に障害があるとは、釜爺には思えなかった。
「…拒絶、されました。」
「そんな…。馬鹿な。」
驚いて、口にしようとしたやかんを床に置く。
「教えて下さい。自分の記憶を封じる方法を。」
「ハク、お前…。」
いっそ、知らなければ良かった。このまま、この思いをもてあまし続ければ、いつか、私は、自分を見失う。あの、ヌシのように。そんな気がした。千尋に害を成す。しかも、自分自身の手で。
それだけは避けたかった。
会って、あやまらなくちゃ。そう、千尋が探しても、ハクはどこにもいなかった。最後の晩。千尋、リン、坊は最後の名残を惜しむように、従業員部屋のベランダで月を眺めていた。
「また…会えるよな。」
リンが言う。
「僕、また、会いに行くからね。」
坊が言う。
「ありがとう。」
微笑んで、千尋が答える。
でも、ハクは?ハクは会ってくれるだろうか。傷つけてしまったに違いない。あやまりたいのに。どこにいるんだろう。
自然と、涙が溢れる。
「お、おい!セン。どこか痛いのか?」
リンが心配して千尋の顔を覗き込む。
いやだ。私、ハクと離れたくない。一緒にいたい。でも、ハクは、一緒に行くことはできないのだ。
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