昔から、できのいい姉が嫌いだった。
同じ事をやっても、必ず自分よりいい結果を出す。
それでいて、奢る事が無い。
いっそ、意地悪でもしてくれたら、
随分と気持ちもラクになっただろうに。
だから、姉が、好意を持った男に近づいた。
人を好きになったりするはずの無い。
孤高の龍神に。
近づくのはわけなかった。
そして、思った以上に上手くいき、
子までなしたというのに、
次第私は男を疎ましく思うようになっていた。
しきりに自分と子供を比べる男。
孤高だ、と思ったのは、
人を寄せ付けるのが怖かったから。
盲目的な偏愛。
息苦しくなるような束縛。
既に、男は狂い始めていたのかもしれない。
突然の、凶行。
奪われた体。
魂だけのこの身を救ったのは姉だった。
どうして、これほどまで、人に優しくする事ができるのだろう。
憎まれていると思ったのに。
ただ、それでも、かなわない。という強烈な思いが、一層私を歪ませる。
そして、今、戻ってきた体と、ケリをつけなくてはいけない男が目の前にいる。
これは私の罪。
男と姉と、そして、おそらくもう一人。
小さな劣等感から始まったこの一連の幕を、引くときが…きた。
「坊。」
母が、息子を呼んだ。
「私は、あいつを止めに行く。」
そう言って、微笑むと踵を返し、大きな声で言った。
「もし、私に何かあったら、油屋は…、坊、頼んだよ。」
もしかしたら、泣いていたのかもしれない。背中を向けた湯婆々の表情はわからなかった。
「やだ!婆婆!そんなの嫌だよ!」
おいすがろうとした坊を、カズラギが止めた。
湯婆々が振り返る。もはや闇にかこまれて、表情さえもわからない。
「ハク!あんたには世話になった。センを…幸せにしておやり。」
声が、聞こえる。湯婆々の、声。
「おばあちゃん…っ!」
崩れるように千尋が座り込む。
「ハク!おばあちゃんは、平気よね。ヌシさんを戻して、帰ってくるよね。」
ハクが、黙って視線をそらす。
「何とか言って、ハク。お願い…!」
泣き崩れる千尋を胸に抱き、ハクは湯婆々の後ろ姿を見送った。
…どうか、無事に。
今は、祈ることしかできなかった。
壁紙提供:絵空〜カイクウ〜様