ミナモト〜いつか帰る場所〜(1)

 昔から、できのいい姉が嫌いだった。

同じ事をやっても、必ず自分よりいい結果を出す。

それでいて、奢る事が無い。

いっそ、意地悪でもしてくれたら、

随分と気持ちもラクになっただろうに。

だから、姉が、好意を持った男に近づいた。

人を好きになったりするはずの無い。

孤高の龍神に。

近づくのはわけなかった。

そして、思った以上に上手くいき、

子までなしたというのに、

次第私は男を疎ましく思うようになっていた。

しきりに自分と子供を比べる男。

孤高だ、と思ったのは、

人を寄せ付けるのが怖かったから。

盲目的な偏愛。

息苦しくなるような束縛。

既に、男は狂い始めていたのかもしれない。

突然の、凶行。

奪われた体。

魂だけのこの身を救ったのは姉だった。

どうして、これほどまで、人に優しくする事ができるのだろう。

憎まれていると思ったのに。

ただ、それでも、かなわない。という強烈な思いが、一層私を歪ませる。

そして、今、戻ってきた体と、ケリをつけなくてはいけない男が目の前にいる。

これは私の罪。

男と姉と、そして、おそらくもう一人。

小さな劣等感から始まったこの一連の幕を、引くときが…きた。


「坊。」

 母が、息子を呼んだ。

「私は、あいつを止めに行く。」

 そう言って、微笑むと踵を返し、大きな声で言った。

「もし、私に何かあったら、油屋は…、坊、頼んだよ。」

 もしかしたら、泣いていたのかもしれない。背中を向けた湯婆々の表情はわからなかった。

「やだ!婆婆!そんなの嫌だよ!」

 おいすがろうとした坊を、カズラギが止めた。

 湯婆々が振り返る。もはや闇にかこまれて、表情さえもわからない。

「ハク!あんたには世話になった。センを…幸せにしておやり。」

 声が、聞こえる。湯婆々の、声。

「おばあちゃん…っ!」

 崩れるように千尋が座り込む。

「ハク!おばあちゃんは、平気よね。ヌシさんを戻して、帰ってくるよね。」

 ハクが、黙って視線をそらす。

「何とか言って、ハク。お願い…!」

 泣き崩れる千尋を胸に抱き、ハクは湯婆々の後ろ姿を見送った。

 …どうか、無事に。

 今は、祈ることしかできなかった。

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