つい、と湯婆々が歩を進める。天井の穴から、空に届きそうな程に闇は広がっていた。以前油屋で出会ったカオナシとは違う。「これ」は客では無い。
ゆっくりと、核となっている部分に近づく。深い闇が、体をあぶる。痛みは無い。重く、ひんやりした感触が肌に気持ち悪い。かといって、歩みを止めるわけにはいかなかった。
核となっている、かつてヌシだったそれは、既に意識も無いのか、呆然と自身の体から闇を生み出し続けていた。
「何だろうね。あんたには言ってやりたい事がたくさんあったんだよ。」
聞く耳を持っているのかもはやわからない、「それ」に向かって湯婆々はつぶやいた。
サミシイ…、サミシイ…。ソバニイテ…、ココニイテ…。
呪文のように繰り返す。
かろうじて、顔とわかる、その面が、湯婆々の方をむいた。
「悪かった…、と、思ってる。だから、あんたの元へ来たんだよ。もう、坊は…あの子は、私がいなくても、やっていける。そうでもしなきゃ、私のせいでこんなになっちまったあんたを、ほっておくなんて、できないよ…ね。」
ソバニ…イテ。
「でも、それでも、私は、あんたを愛しては…いないんだ。」
ぴくり。と、カオナシが動く。
「土壇場、ギリギリの今だって、自分の気持ちに嘘はつけない。私は、あんたを愛してない。」
その身を起こし、カオナシが湯婆々の体にのしかかろうとした。
「でも、好きでもない男と、共寝ができるほど、ヌルい女じゃないんでね。」
ぴたり。と、カオナシの動きが止まった。
「おいで。」
湯婆々が微笑んだ。
闇の奔流が、その体に襲い掛かる。広がりすぎた闇が、一気に収束していった。
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