「闇が…ひいていく。」
ハクの腕の中で、千尋は泣きじゃくりながら顔をあげた。
カオナシを中心に、竜巻が起こった。闇がうねり、空に舞う。ハクが千尋を支え、傷ついたヒコを坊がかろうじて押さえた。天に帰っていく闇を追随するように、いく筋もの光が天に向かって昇っていくのが、見えた。
風が、凪いだ。
高麗縁の畳の上に、倒れている人影を見つけ、千尋とハクが駆け寄る。
そこには、いつもの湯婆々の姿と、傷つき倒れた赤い竜の姿があった。
「おばあちゃん!」
千尋が駆け寄り、湯婆々を起こす。
「おばあちゃん!!おばあちゃん!」
ぼろぼろと涙がこぼれ、湯婆々の顔に落ちる。
「ん…、なんだい、冷たいよ。やめとくれ。」
目を閉じたまま、湯婆々が毒づいた。
「こちらも、まだ息がある。」
竜を診てハクが言う。
ヒコを支えながら、坊とカズラギもやって来る。
「婆婆〜!!」
本当なら、すぐにでも駆け寄って抱きつきたい、と思ったであろう坊も、ヒコを支えるゆえか、ゆっくりとやってくる。だが、さすがに、涙を止めることはできないようだ。
ゆっくりと、ヒコを座らせると、坊が湯婆々に飛びついた。
「婆婆だ、いつもの婆婆だ!」
若がえった姿にとまどっていたのか、いつもの姿に安堵して、坊が抱きつく。
「坊…。」
湯婆々も、しっかりと坊を抱きしめていた。
「どうして…おばあちゃん、元の姿に?」
千尋がカズラギに尋ねた。
「恐らくは、カオナシの負のエネルギーを昇華するために、使いきっちまったんだろう。これまで、蓄積していたモンを…な。なんでえ、すっかりしわくちゃになっちまったなあ。湯婆々よ。」
皮肉っぽく、だが、微笑んでカズラギが言う。
「はっ!いい女ってのはね、いくつになったってイイオンナなのさ。見た目なんざ。どうでも…。」
と言いかけて、続けた。
「まあ、若いにこしたこたあないけどね。…あいかわらずだね、アンタも。」
旧知の間柄を確認するように笑い合う。
赤い竜が、ゆっくりと、人の姿をとる。
支えるハクに驚いて、ヌシが尋ねた。
「…そなた、何故。」
「無事なら、それでいい。約束…したから。」
そう言って千尋の方を見た。
「…そうか。」
薄く、ヌシは微笑んだ。
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